表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/28

「メタモルフォーゼの縁側」

 腐女子高校生を芦田愛菜が演じるエモ映画、「メタモルフォーゼの縁側」を観た。

 良いものを見た、という感慨がとにかく深く残る作品だった。

 個人的な感想をここに書き残しておきたい。


 漫画を描くことは、楽しいが、億劫でもある。

 自分の考えを形にしていくことは、寝る間も惜しめるほど夢中になれる。

 その労力と時間は膨大で、大変な作業である。

 自分の存在を認識してもらうために、伝わる形式に変換させるのである。


 漫画が出来上がったら、今度は伝えることが億劫になる。

 なぜなら、他者と繋がることになるからだ。

 好意的な反応がくるか、否定的な反応がくるか、ビクビクしなければならない。

 自分のアウトプットが他者に受け入れられるかどうか、そこに賭けが生じる。


 否定的な反応を想定する癖がついてしまうと、次第に人との関わりを避けるようになるだろう。

 他者との繋がりなんて要らないとさえ、思い込もうとする。

 大勢に受け入れられるものが正しいと考え、自分のアウトプットできるものがそうでなかったとき、自ら沈黙する。

 伝えることから逃げると、今度は形にする必要がなくなってしまう。


 すると、自分が消えてしまうのである。


 つまり、答えはひとつ。

「拙くても伝えること」だ。


 恥ずかしさや痛みは、間違っているから感じるのではない。

 正しいことをしている、しかし拙い、だから感じることである。


 感じたくなくて逃げることはこの先もずっとあるだろう。

 しかし、ときどき思い出すべきである。

 そうすれば、おまけの感情に惑わされないで、正しいことができるはずだ。

 きっと真っ直ぐ、生きられるはずである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ