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第一話「ラットヘブン」

これは神の力を宿した勾玉を巡る壮大な物語(になる予定)である。

 とある春の平日の昼下がり。長嶺ななこに異常が現れたのは午後の授業の最中だった。

 はじめの自覚症状は微かな耳鳴りのようなものであった。ななこは、それほど気にもせず、授業中でもあったのでそのまま放置していたのだが、時間が経てば経つほど音は少しずつ大きくなっていった。

 ある程度大きくなって気づいた。その音は、どうやら声のようであった。

 どんどん大きくなってゆく声。しかし周囲の同級生や先生には聞こえていないようで、普通に授業を続けていた。

 その声は、ななこにだけしか聞こえていないのだ。

『……を……せ……。』

 言葉だ。よく聞き取れないが、確かに言葉だ。

『……を……せ……。』

 どうやらその声は、ただ一言、同じ言葉を繰り返しているようだ。

 謎の声が繰り返し聞こえる。その声はいつしかななこに頭痛を誘発させていた。

 ななこの異常に気付いたのが友人である隣の席の女子生徒・土浦このはであった。

「ひぇっ……!ななちゃん、顔色真っ白だよ!だ、大丈夫……じゃないよね」

 血の気が引いたななこの顔に驚いたこのははすぐさま先生に声をかける。

「先生、ななちゃん調子が悪いみたいです」

 授業をしていたのは担任のひいらぎ先生である。一目見てななこの異常に気付く。

「あー、これはきつそうね。土浦さん、すまないけど保健室に連れていってあげて」

「はい。……立てる?ななちゃん」

 このははななこに肩を貸して教室を出て行った。

ひいらぎ先生は養護教諭を兼任している。いや、元々は養護教諭専任であったのだが、PTAとの軋轢で心を病んでしまい退職した教師の穴埋めで担任を任される事となったのだ。

 彼女はななこの顔色を見て、すぐ授業を自習にでもして保健室に向かうべきか、と思った。

 しかし他のクラスから体調不良が出る度に同じ事を繰り返しており、現に彼女のクラスの授業は遅れ気味であった。先日もそのせいで教頭に苦言を呈されている。

 そのため彼女は授業の最低限のノルマを終わらせ、その内容の問題を解く時間を設けることにした。問題を解いている間に保健室へ様子を見に行けば良いのだ。

 そう決めるとひいらぎ先生は必死に授業を進めた。しかし所詮は穴埋めの臨時教師、効率的に事が運べるわけもなく、ノルマの授業が終わったのはななこを保健室に連れて行ったこのはが教室に戻って来て、更に15分経ってからであった。

「では23ページと24ページの問題を解いてて」

「先生、その問題が終わったらどうしますか?」

「ええと……じゃあ静かに自習でもしといて。いい?くれぐれも騒いじゃダメよ」

 そう言い残すと先生は傍らの杖を持つと教室を出てゆく。そして杖をつきながら廊下を急ぎ、階段を下りる。彼女は右足首に古い傷があり、歩く時には右足を引きずっており、杖が必要不可欠である。本人は急いでいるのだが、ななこのクラスは3階、保健室は1階だ、どうしても移動に時間がかかってしまう。

 結局、彼女が保健室に辿り着いたのはななこの異常から30分近く経ってからであった。

「ごめんね長嶺さん。大丈夫……」

 保健室の扉を開けた時、先生は違和感を覚えた。室内に人の気配が全く無い。

 ベッドシーツの乱れは先刻まで確かに彼女がそこに寝ていた事を物語っている。

 その証拠にベッドの足元には彼女の上履きが揃えて置かれていた。

 しかし、彼女の姿は無かった。

「長嶺さん……?」

 先生の声に答える者はおらず、ただ開いた窓から春風がカーテンを揺らすだけであった。



 気づけばななこは山の麓に立っていた。

「うゆゆ。確か私……。」

 ななこは経緯を思い出そうと記憶を辿る。

 確か変な声が聞こえてきて、保健室で寝ててもずっと聞こえてきて……。

 声はどうやら窓の外から聞こえて来るようで……。

 気づけばななこは朦朧とする頭でその声のする方へと歩いて来ていたようだ。

『……を、果たせ……。』

 声は、山の中から聞こえて来た。

「確かここって……。」

 山の入り口には大きな石鳥居。

 その山の中には無人の神社がある事をななこは知っていた。ななこがこの街に引っ越してきた当初は山の中の神社を探検して遊んだりしたが、人脈が広がり多くの場所を知るにつれて行かなくなって久しかった。

 いや、この場所に行かなくなったきっかけがあったような……?

 そんな事を考えていると、また声が聞こえてきた。今度は、はっきりと。

『盟約を、果たせ……。』

「めいやく……?ねぇ、めいやくって何のことー!?」

 ななこは山の中に向かって問いかける。しかし答えは無い。

 謎の声はななこには届くのだが、逆にななこの声は謎の声の主には届いていないらしい。

「うゆゆ……。」

 ななこは目の前にそびえたつ山を眺めながら何事かを考える。

 やがて決意を固めて深く頷くと、目の前の石鳥居、いや、鳥居の先に延びる石段の奥を見据える。そして歩き出す。

『盟約を、果たせ……。』

 あの謎の声がする方に向かって。



 鬱蒼とした山の中。ひたすら苔むした石段を上ってゆくななこ。

数百段にも及ぶ石段を上ると不意に視界が開け、真っ赤な木製の鳥居が現れた。

昔、探検してた頃にも見た、懐かしい鳥居。

 ななこは一礼して鳥居をくぐり抜ける。すると、空気が変わったような気がした。鳥や虫の声もしない静寂に包まれた境内。

 鳥居は境界線なの、と昔ここで一緒に遊んだ友達に説明された事を不意に思い出す。

 あれからずっと会ってないけどあの子元気かなぁ、などと考えながらななこは歩みを進める。すると横に手水舎が見えた。湧き水が水源らしく、水をたたえている。

「確か、その水で身を清めるんだよね……。」

 ななこは参拝の作法など知らないが、とりあえず手を洗った。

 両脇に石灯籠の並ぶ石畳の参道を進むとやがて神社の拝殿が見えた。見えたのだが。

 拝殿の両脇に鎮座しているのは狛犬ではなく、何と埴輪であった。

 昔に来た時、こんなのあったかなぁ?などと思っていると。

 きらーん! 埴輪の目の穴の中が輝いた。

「……うゆ?」

 ななこが訝しく思ったのも束の間、埴輪がガタガタ揺れ出す。

 ごとっ……ごとっ。埴輪がゆっくりと歩き出す。

「……うゆゆ?」

 二体の埴輪はゆっくりとななこに近づくと。

がしっ!っと両側からななこの手を掴んだ。

「うゆゆ!?」

『『本荘総本山にようこそー!』』

 両側の埴輪の口の穴の奥から奇妙に甲高い声がステレオで聞こえた。

「きぇぇぇはにわがしゃべったぁぁ!!!」

 閑静な山中の境内にななこの声が響き渡る。

『神の声に導かれた少女よおめでとう!』『君は名誉あるひもろぎの巫女に選ばれたよ!』

「神の声……あの声は神様だったの?ええっと何の巫女?同時に違う事言われても……。」

『説明めんどいから早速襲名の儀式に取り掛かろう!』

「え!?この異常な状況に一切の説明なし!?」

『いいの。意味ないよ。取扱説明書なんてきっと9割以上の人がきちんと読んでないよ』『あんなの書いてあることのほとんどが読む必要のない免責事項だよねー』

 埴輪はそのままななこの腕をつかんだまま、神社の拝殿へと歩いてゆく。

「説明する気ゼロ!?っていうかどこに連れて行く気!?」

『プラモデルの説明書に、パーツを鼻の穴に入れないで下さいとか書かれてて、誰がそんなもん入れるかって思ったよ』『掃除機の説明書に、食品では無いので食べないで下さいとか書かれてたりとかしてこの世界おかしくなってるって思ったよ』

「取説のトーク広げないで!?人の話を聞いてーっ。どこに連れてく気なのっ」

 埴輪はそのままななこを捕獲された宇宙人のように引きずって拝殿の前まで連れてゆく。

 すると、拝殿の引き戸が音を立てて開いた……。

『『さぁ、神秘の儀式を始めるよ!』』


 ななこが気づくと木目の天井が見えた。身体を起こして周囲を見渡す。拝殿の中のようだ。

 少しの間、拝殿の中で気を失っていたらしい。

(確か、ええと……埴輪が動いて……。)

 拝殿の外を見ると両側にきちんと埴輪が鎮座している。

「……夢だったのかなぁ。そうだよね。夢だよね。じゃなきゃ埴輪が動くはずないもん」

 ななこが自らを納得させるため、独り言を呟いた時であった。

『夢ではないぞ』

 あの謎の声が聞こえた。ななこをこの神社にいざなった、あの謎の声が。

「あなたはだぁれ?神様なの?それより、それより、あなたはどこにいるの……!?」

 ななこは再び辺りを見回すが誰も居ない。

『我がしもべが説明責任を放棄してたようだの。すまなんだ』

「すぐ近くから声がするのに姿は見えない……どうなってるの!?」

 今まで謎の声は遠くから聞こえてきた。だが、今は違う。すぐ側から聞こえてくるのだ。

 それはまるで……。

「私の頭の中から……話しかけられてるみたい」

『ほほう。鋭いの。その通り。わしは今、お主の頭の中にいる』

「え……。え……?」

 不意に気を失う直前の記憶の断片がフラッシュバックする。

 ――埴輪に手を掴まれ押さえつけられ動きを封じられているななこ。

――もう一体の埴輪が拝殿の祭壇から金属製の埴輪を取り出す。

――傾けられた金属製の埴輪の口の穴から出て来る名状しがたい粘液状の流動物。

――流動物はどろどろと流れ、そのままななこの耳の中に……。

「うゆぁぁぁぁぁ!な、何かとてつもなくおぞましくて恐ろしい事をされた気が……!」

『それは気のせい。ただの神秘の儀式じゃ』

「……。」

 ななこはこの件に関しては深く考えるのを止めた。何か怖いし。

『さてと。説明を続けてもよろしいかの?』

「お願いします」

『わしはこの本荘神社の祭神。二千年程前からわしのこの世界を守り続けてきた』

「二千年前……そんなに長い間……さすが神様。」

『わしの力を使うためには媒体となる器が必要での。代々、わしの子孫がひもろぎの巫女となり担ってきたのだが、とうとう巫女の適格者が途絶えてしまったのじゃ』

「ひもろぎの巫女……?」

『しかしお主、本荘の血筋ではないのに見事に適合しておるの。見立て通りではあるが、流石はカナの末裔……ああ、いや。お主にはひもろぎの巫女の素質があるという事じゃ』

「うゆ?」

『わしには先見の力があっての……危機が見える度にひもろぎの巫女を遣わして災いを退けて来た。しかし適格者が絶え、それが出来なくなってしまった。そして今……この街に危機が迫ろうとしている』

「危機が……?」

『お主は元々この街の人間では無かったな。巻き込むようで気が引けるのだが……お主はこの街が好きか?』

「うん。好きだよ」

『そうか。ななこ、この街を、そしてこの街に住む人々を危機から救うために力を貸してはくれぬか?』

「力?」

『適正のあるお主にしか出来ぬ事なのだ。頼む』

 ななこは少し考えて言う。

「いいよ。私でよければ」

『よし、ならばその勾玉を手に取れ』

「勾玉……?」

 拝殿の奥には三方と呼ばれる素木作りの台があり、そこにガラス状に透き通った勾玉が供えられている。ななこはそれを恐る恐る持ってみる。ななこの手には少し大きめであった。

 ななこの手の中で、勾玉は一瞬だけ強く眩い光を放ち、すぐに消えた。

「これは……?」

『これぞ我が力の結晶ひもろぎの勾玉。神の力を望む時、この勾玉に願うがよい』

「ひもろぎの、勾玉……。」

 透明な勾玉はななこの手の中で自然光を反射して静かに輝いていた。


 勾玉を手にした途端に声が聞こえなくなったので、ななこは山を下りて行った。

 すると、石段の最下層で誰かが座っているのが見える。

「あれ?ひいらぎ先生、そんな所で何やってるの?」

 その声にひいらぎは首を真後ろに反らせて振り向く。

「何じゃあないでしょ!あんたを探してたのよ長嶺ななこっ!」

「え?私?」

「いきなりいなくなってどーいうつもり!?早退するにしても荷物も全部置いて勝手に帰ろうとするのはやめてちょうだい」

「ごめんなさい先生。そんなつもりではなくて……。」

「……その、私も長嶺さんのこと、後回しにして悪かったわ。判断ミスだった」

「先生……。」

「気分は大丈夫?一度、荷物取りに学校へ戻りましょう」

 そう言って先生は立ち上がり杖をついて歩き出すが、歩き方がいつもに増しておかしい。ななこを探して歩き回り、足に負荷がかかりすぎているのだ。

 警察にも捜索願が出され、思った以上に大事になっていたことをななこは後から知った。

 しかしこの日の出来事はこれから起こる事件の序章に過ぎなかったのだ。


 翌日。

 ななこが登校し、教室に入ると一番に来たのはこのはであった。

「ななちゃん、大丈夫だったの!?」

「いやぁ、実は昨日の事、あんまり覚えてないんだけど心配をおかけしたようで。ごめんね」

「あんまり覚えてないって……ほんとにそれ大丈夫なの??」

 心配そうなこのは。ななこは背中のランドセルからおたまを引き抜くとくるくると回してみせる。

「この通り!何でかわかんないけど、著しく絶好調!」

「わぁ、すごい。というかななちゃん、おたま持参なんだね」

「その通り!今日の調理実習、気合入れていくよっ!」

 意味もなくおたまを高く掲げて宣言するななこであった。


 さて。ななこが待ちに待った調理実習であるが。

「……解せぬ」

 不機嫌顔で生地をこねるななこ。

「な、ななちゃん……?」

「だって当初の予定じゃ一食分の食事を丸ごと作っちゃう授業だったでしょ!?なのにどーしてクッキーなんか作ってんのかなぁ!?」

 こねていた生地を、ぱーんっ!と勢いよくまな板に叩きつける。

「ひぇっ……!用意してた食材が軒並み害獣に食い荒らされてたらしいから仕方ないよ」

「害獣!許すまじ!」

 ぱーんっ!

「ひぇっ……!」

「まぁそれはそれとして、クッキーの生地、いい感じに仕上がったなぁ。プレーンと、チョコと、あと1、2種類は欲しいなぁ。このはちゃん、何味がいい?」

「ええっと……抹茶、かな?」

「おっけー」

 慣れた手つきで生地を分けていくななこ。調理の手際に関しては、同年代にはななこの右に出るものは居ないレベルであった。

 そのため、ななこの班は一番にクッキーを完成させたのであった。

「ななちゃんすごい……これほぼ市販のクッキーのクオリティ……。」

「うゆ~、ドレンチェリーとまではいかなくても、ジャムとかもうちょっと材料揃ってたら、もっと可愛いクッキー作れたと思うなぁ。ジャムクッキーは華があるよやっぱり」

「……じゃむくっきー??」

 ちなみにジャムクッキーというのは、クッキーの上にくぼみを作り、そこにジャムを入れて焼いたものである。他のクッキーと比べてもジャムが一段とカラフルで、クッキー界の花形的な存在なのだ。クッキー界とは一体何だという話だが。

 

「はいっ。このはちゃんには抹茶多めで」

 ななこはクッキーを包みに分けてこのはに渡す。

「ありがとー。これ、おみやげにしよっと♪」

「これは、あきちゃんの。マーブル多めね」

「ありがとな。兄貴達に少しはあげるか。あたし達の班のクッキー、大成功だな!」

 体育着に日焼けした肌のショートカットの女子生徒・下里あきら。

「大成功って……あきちゃん、向こうで遊んでて何もしてない……。」

 このはのツッコミにあきらはばつの悪そうな顔をする。

「いやぁ、だってさ?もう全部ななこ一人でいいんじゃないかな」

「まぁ確かにななちゃん、めちゃくちゃ手際いいしねぇ」

「あとのクッキーは私がもらおっと。……私もおにーちゃんに少しはあげようかな」

 などとななこが考えていると。ころん、とななこのクッキーの包みが床に転がり落ちた。

「うゆゆ……割れてないかな」

 床に落ちた包みを掴もうとしたななこ。だが。ころん、と包みは再び転がる。

「うゆ?」

 ころん。

「うゆゆ?」

 まるで意思を持っているかのようにころころと包みは転がり、家庭科室を出てゆく。ななこは慌てて追いかけてドアを出てゆく。

包みは廊下を転がり、やがて階段をはずむように落ちてゆく。

「うゆゆゆゆゆゆ!待ってぇー!」

 ななこは包みを追うがなかなか追いつけない。包みを追いながら、家庭科室のある3階から2階、2階から1階へ降りて行った。

 1階の階段の下には物置があり、行事でのみ使うような道具が仕舞われている。普段は入口の扉が閉まっているのだが、何故かその時は開いていた。その時、扉は開いていたのだ。

 開いた扉に包みが転がり込む。続いてそれを追うななこも扉の先に飛び込む。

 その瞬間、空気が変わった。

 そこは学校の備品が無造作に詰められている物置ではなく、全くの異質の空間であった。というのもあるべき位置に床が無いのである。ななこはとっさに今入って来た扉の縁を掴んでとどまった。

「な、何なのこの部屋は……!?」

 間一髪のななこの問いに、答える声があった。

「ようこそ、僕の世界へ!」

 声のする方向、ななこの入って来た扉の方を見ると、そこには一匹のももんが。奇妙なことにそのももんがの首には勾玉が掛けられていた。その勾玉は大きさ形状などななこの持っているものと酷似していたが色だけが違っていた。ななこの勾玉の色が透明なのに対し、ももんがの勾玉の色は漆黒であった。

「げ、齧歯類!?」

「僕は妖怪変化ももんが!そして今、君は僕の世界に足を踏み入れようとしている」

「君の世界?この暗闇が……!?」

「暗闇だって?よく見てみなよ!」

「うゆ?」

 ななこは下に広がる暗闇に視線を落とす。すると、目が慣れて来た暗闇に何やら無数にうごめく物が見えた。

 目を凝らしてよく見ると、それは何とねずみであった!無数のねずみの群れが所狭しとぎっしり詰まっているのであった!

「うゆぅ!?めちゃくちゃきっしょい!」

「ふはははは!これが僕の能力『ラットヘブン』!齧歯類の楽園の空間への扉を開くのさ!」

「能力……?」

「君も勾玉を持っているんだろう?勾玉によって秘められた力が目覚めたんだ!」

 ももんがは自らの首に掛けられている漆黒の勾玉をななこに見せつける。

「そんな事よりちょっと手貸してくれないかなぁ……。」

 扉の縁を掴んでいるも、そこから這い上がるためには筋力が足りないななこ。

「いいとも!引き上げてあげるよ!ただし君の持っている勾玉を僕にくれればね!」

「私の勾玉……?」

「二つの勾玉で僕は神の力を手にすることが出来る!さぁ、僕に勾玉を渡すんだ!」

 ももんがはななこに向かって手を伸ばす。

「んー……元々この勾玉、私のものじゃないし。勝手に渡すことは出来ないなぁ」

 ななこがそう言って断ると。

「あ、そう、断るんだ。だったらラットヘブンに叩き落した後にゆっくり奪おうかな」

「え……?」

 ももんがは自らの口の中に手を突っ込むとどんぐりを数個取り出す。そしてそれをななこに向かって力いっぱい投げつける!

「どんぐりつぶて散弾!」

「いたっ!いたたっ!本当に痛いっ!」

 頭、手、肩などななこの色々な所にどんぐりが当たる。ちなみに当たったどんぐりはそのまま落ち、一瞬にして下のねずみの群れのエサとなった。

「……!」

 落ちたらもう助からない。ななこはそう感じた。

「ふはははは!どんぐりはまだまだあるぞ!もっとか!?もっと欲しいのか!?いやしんぼめ!だったらもっとくれてやる!ふはははは!」

 ももんがは次々とどんぐりを投げつけて来る。

 ななこの全体重を支える手は限界が近い、絶体絶命である。

「これでどうだ!どんぐりつぶて(大粒)!」

 ひときわ大きなどんぐりが手に当たり、思わずななこは手を放してしまう。

 途端、ななこの身体は暗闇の中に投げ出される。

 その時、ななこは例の声を思い出した。

『神の力を望む時、この勾玉に願うがよい』

「神の力だか何だか知らないけど……このピンチを脱する力があるなら今こそ必要だよ!」

 ななこは勾玉を握りしめるとひたすら祈った。

 すると。

ななこの身体の落下が空中で止まった。

それだけではない、空気も止まっているように感じた。

「うゆ?時間が止まった……?」

『ようやく力を望んだな!ななこよ!』

 ななこの頭の中に例の声が響く。

「ひもろぎの神様!あれから何度話しかけても反応なかったのに……どこ行ってたの?」

『なぁに、わしはずっと側にいたよ。ただ、省神力もぉどになっていただけでの』

「何その省エネモードみたいなの!」

『ずーっと待機しておくのも神力的な問題があっての。そんな事よりななこ!今こそひもろぎの力を使い、仇なす者を迎え撃て!』

「ひもろぎの力って?この時間が止まってるのがひもろぎの力かなぁ?」

『いや、時は止まってはおらぬ。一流のスポーツ選手の目にはボールが止まって見えたり動きがゆっくり見えたりするとか聞いたことはないか?』

「ゾーンに入るとか言われてるあれ?」

『それじゃ。お主には時間がゆっくり流れているように感じるだけじゃ』

 声はそんな適当な説明をしてくるが、ななこは深く考えるのを止めた。

「しかし戦うって言っても……どうしたらいいのかなぁ。武器もないのに」

『ならばひもろぎの力で願え。武器を求めよ』

「よく分からないけど……武器……武器……!」

 ななこが左手で勾玉を握りしめて願うと右手に光が集まってくるのを感じた。そしてひもろぎの神通力で右手のひらの中に形成されたものは……一粒のドレンチェリーだった。

 ここでドレンチェリーについて説明しよう。ドレンチェリーとはクッキーなどの上にトッピングとしてよく使われるカラフルなさくらんぼの砂糖漬けのことである。好みはあるものの溶けかけた飴のようにべたべたした触感で果実感は皆無でとにかく甘い。

 そんなドレンチェリーが今、ななこの手の中に具現化した。

「……ドレンチェリー?これが武器?これでどうやって戦えばいいの?」

 しかしひもろぎの神の声は聞こえなかった。

「……あー、もしもし?ひもろぎ様?」

 答えはない。

「もーっ。肝心な時に役に立たないんだからっ」

 しかしななこの手元には一粒のドレンチェリーのみ。

「こんなドレンチェリー一粒じゃねずみのエサにもならないっ!」

 ななこはフルスイングでドレンチェリーを足元のねずみの群れに投げつける。ねずみの群れは一斉にドレンチェリーに群がってくる。ねずみの一匹がドレンチェリーに前歯を立てた時。透明感のあるドレンチェリーが眩い光を放ったと思うとすさまじい大爆発を引き起こした!

 真っ赤な爆炎。はじけ飛ぶねずみ共。真っ黒な煙。

 煙が晴れた時、ねずみの群れも暗闇の穴の空間も消えて、ただの倉庫に戻った。

 そこにももんがが伸びているだけであった。

「逆襲されないように今のうちに毛皮を剥いで小銭入れでも作ろうかな」

「ひぃぃぃっ!何このサイコパス小学生!」

「あ、気づいた。何でこんな事したのかなぁ?」

「神になるためだ!陰陽二つの勾玉を揃えると天地開闢の力を手にすることが出来るのさ」

「天地かいびゃく??」

「西洋ではビッグバンとか呼ばれているがね。天と地が分かれた時、陰と陽も分かれたのだ。二つの力を揃えれば新しい世界を創成する神となれるのだ!」

 ももんがは熱を込めて語るがななこはそれを聞きながら、このけだもの危ない顔して何わけわからない事言ってるのかなぁ?と思っていた。

 が、やがて一つの疑念に思い当たった。

「ねぇ、その黒い勾玉、どこで手に入れたのかなぁ?」

「これ?森の中で拾ったんだよ。だからルーツは分からない」

 その言葉に嫌な予感がよぎる。

「あの、もしかして、その黒い勾玉、複数あったりする?」

「あー。そういえば同じ森のリスとモグラが同じもの持ってたなぁ」

「じゃ、じゃあ、これから君みたいな黒い勾玉持ったけだものが襲い掛かってくるかもしれないってこと!?」

「その可能性は十分あるねー。みんな、神になって理想の新世界作りたいだろうし」

「そ、そんなぁ……。」

 こうして勾玉を巡る物語はひっそりと幕を開けたのであった。

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