町へ買い出しに来ました【2】
ユートの服を買ったその足で馴染みの薬草店へ向かい、ルルはいつものように薬草の納品を行なっていた。店主である老女メディアはルルが持ち込んだ薬草を丁寧に確認した後、静かに呟く。
「……うん、確かに。質も良いね。いつも助かるよ」
「えへへっ、ありがとう!」
「来月も今回と同じ分量を頼むよ。……ああ、ドロルとフリィグスは倍量用意できるかい? できれば粉末状にしてもらえると助かるんだが」
ドロルは主に鎮痛作用を、フリィグスは熱や咳止めによく使われる薬草だ。どちらもルルの薬草畑で育てているもので、真冬を除けば比較的に育てやすい薬草たちである。ルルは頭の中で在庫を確認し、大きく頷いた。
「大丈夫だよ! 全部粉末にした方がいい?」
「そうさね……半分は生で、残り半分は粉末状態で頼めるかい?」
「了解っ! あ、そうだこれメディアさんにもおすそ分け!」
「おや、これは……燻製肉?」
「うん。たまたま猪と鹿がね、手に入ったから」
渡されたばかりの燻製肉の包みを手にルルの説明を聞いたメディアは、そこでチラリと視線をルルの後方――すなわちユートの方へと向ける。
「そこのでっかいの、お前さんが獲ってきたのかい?」
「……俺は運んだだけだ」
ぼそりと返すユートに、メディアは「ふぅん」と鼻を鳴らした。
「ルル、あんたもなかなかやるじゃないか」
「? なんの話?」
「なにって、こいつはあんたの恋人じゃないのかい? 雑貨屋の親父からはルルが男と暮らし始めたって聞いてたんだが」
「え……えええっ!? ち、ちちち違うよっ!? ユートはその……ただの同居人というか、なんというか……」
しかし改めて冷静に考えてみると、年若い男女が一緒の家で二人きりで暮らしているのだ。恋人同士と思われるのも当然のような気がしてくる。しかしルルとユートの間には全くそのような浮ついたものはない。むしろユートはまだルルのことを信頼してはいないだろう。嫌われてはいないと思うが、ユートの本心などルルに分かるわけもない。
思いがけずぐるぐる考えた結果として微妙に歯切れの悪い返しをしたルルに、メディアはどこか呆れたような笑みを浮かべながら「まぁいいさ」と肩を竦める。
「ルルももう大人だからね、あたしがとやかく口を出すことじゃない……ただ」
そこで一度言葉を切ると、メディアは視線を鋭くしてユートをまっすぐに見た。
「この子を傷つけるようならあたしやこの町の連中が黙ってないからね」
その言葉には、ルルに対する確かな愛情があった。おばあちゃんが亡くなってから、この町の中でも特にルルを気にかけていてくれたのは何を隠そうこのメディアである。おばあちゃんとも古くからの友人であった彼女からすれば、ルルは友人の忘れ形見のようなもの。だからこそ、こうしてルルのためにユートへ釘を刺してくれているのだろう。
一方、ユートはメディアの視線を正面から受け止めると、
「……こいつには借りがある。傷つけるようなことはしない」
真剣な声音でそう返した。
メディアはそんなユートの姿勢がお気に召したのか、機嫌良さそうに「そうかい」と笑った。
そうして薬草店を出て、野菜や卵、乳製品や加工食品などを買い込んだ後。
ユートを連れてルルが最後に向かったのは雑貨屋でも話題に出ていた肉屋だった。
「こんにちはー! ……って、今日の店番はカルトスかぁ。おばさんは?」
「開口一番にそれかよ! 母さんは親父と出かけてるぞ」
カウンターで暇そうに頬杖をついていた緋色の髪の少年ことカルトスは、ルルが店内に入ってきたことで億劫そうに立ち上がる。控えめに言ってあまり接客するような態度ではなかった。まぁ十年来の幼馴染を相手に今更丁寧な接客もおかしな話なのでルルも特に気にはしないが。
この肉屋の店内はかなり狭く、入口から一番離れた位置にあるカウンターで注文を受けた後、奥の部屋から肉を持ってきて目の前で必要な分量を切り分けてくれる形式だ。
そしてカウンターの下側にはその日に出せる肉の種類の札が並んで下げられている。
「今日は牛肉が安いぞ。しょうがねぇからおまけもしてやる」
「ほんと!? じゃあ牛のすね肉のブロックと、それとは別にベーコンのブロック……あ、鶏もも肉も欲しいな」
「よし、用意するからちょっと待ってろ……ってか、いつもより注文多くね? お前そんなに食うとぶくぶく太っちまって嫁の貰い手もなくなっちまうぞ?」
ニヤリと笑ってルルの全身に目を走らせるカルトス。こんな風にからかってくるのはいつものことだが、乙女に対して太るという発言は流石にいただけない。
「別に一人で食べるわけじゃないし! カルトスこそ女の子に太るとか言ってるとモテないんだからね!」
「ははっ、別にお前に心配されるほどモテないわけじゃ――」
そこでカルトスの言葉が不自然に止まった。かなり上背のある彼はルルを見下ろしながら、どこか引きつった笑みを浮かべる。
「……おいルル、今お前、一人で食べるわけじゃないって言わなかったか?」
「言ったけど?」
「それってどういうことだよ。お前ひとり暮らしだろ?」
「ううん、今は二人で住んでる」
「はああ!?!? 聞いてねぇぞそんなこと!!」
「別にカルトスにわざわざ言うことじゃないし」
ルルは何故ここまでカルトスが過剰反応を示すのか分からない。
というか普通に煩いので叫ぶのはやめて欲しいのだが。
「だ、だだ誰と住んでんだよ! と、当然女……だよな!?」
「……男の人だけど」
「はああああああ!?!?!?」
「もうっカルトス煩い! なんなのさっきから!!」
あまりの声量に目をすがめながら怒鳴り返せば、突然カルトスが顔を真っ赤にしてルルの両肩を掴んでくる。遠慮なしに力を込めてくるため地味に痛い。
「どどどどういう関係だよ! 俺の知ってる奴か!? どうなんだよルル!」
そんな言葉と共に今度はガクガクと身体を揺さぶられ、ルルは大いに混乱していた。先ほどからカルトスは何をそんなに興奮しているのか。こういう時にカルトスの母が居てくれれば息子の暴挙をすぐに止めてくれるのだが、本日は不在のためにそれも叶わない。まさに最悪の状況である。
(まさか私に彼氏ができたと勘違いして……? 自分より先に恋人ができた私が気に食わないとか……?)
昔から何かとカルトスはルルの行動にケチをつけることがあった。
やれ遊びに付き合えとか、もっと女らしくしろとか、オレ以外の男に近づくなとか。
ルルにしてみれば非常に迷惑な話である。流石にこれ以上は付き合う義理もないと強めに抗議しようと口を開きかけたルルだったが、その前に動く影があった。
背後から伸びてきた逞しい腕がルルの身体を引き寄せると同時に、カルトスの顔面をもう片方の手が思いっきり掴む。
「ふがっ!?!」
間抜けなカルトスの声が店内に響く中、ルルは自分を抱き寄せているユートをただただ見上げるしかなかった。