町へ買い出しに来ました【1】
午前中に残りの家事もやっつけられたので、ルルは当初の予定通り町まで降りることにした。
ルルの自宅から最寄りの町までは歩いて一時間程度の距離にある。この時間に行けば余裕で日が落ちる前には戻ってくることが出来るだろう。
「というわけで町まで買い出しに行こうと思うんだけど、良かったらユートも行かない?」
「……」
「あ、お金のことは気にしないで! というかですね、一緒に来てくれると助かるわけでして」
「……荷物持ちとかか?」
「それもちょっとはあるけど、ユートの服とか買いたいから」
実はユートを拾った日の午後、ルルは町まで出向いて男性用のシャツとズボン、それから下着を適当に何枚か買い求めていた。この十日ちょっとはそれらと元から彼が着ていた服でやりくりしてもらっていたが、しばらく住むのであればもう何枚かは足したいところだ。
「ユートの好みとかもあるでしょ? だから自分で選んだらいいかなって!」
「……お前さぁ」
「うん?」
「誰にでもこういうことしてんの?」
呆れたような声にルルは目を瞬かせる。
「え、どうだろ……? 少なくとも一人暮らしを始めてから家に泊めたのはユートだけだけど」
もし倒れていたのがユート以外でも同じことをしただろうか。
(うーん……たぶんしてたような、でもここまで親身になったかと言われると怪しいかも……?)
思いがけず悩んでしまうルルにユートが大きくため息を吐く。
「とりあえず」
「ん?」
「もし今度俺みたいなのが落ちてても安易に拾うなよ」
「? なんで?」
「……世の中お前が思うよりずっと悪人が多いからだ」
お前には危機感が足りなすぎる、とユートは鬱陶しそうに前髪を弄りながら呟く。どうやら心配してくれているらしい。ルルとしては約束こそできないものの、ユートの気持ち自体はとても嬉しく思った。なので冗談めかしに提案してみる。
「じゃあさ、ユートがここに居る間は私のこと見張っててよ! そんで危ないことしそうになったら注意してくれればいいんじゃない?」
「……ばぁか、調子に乗るな」
すげなく一蹴されるが、その口調自体は柔らかい。ルルはご機嫌なまま、ユートに「じゃあ、準備できたらさっそく出発ね!」と告げた。
――辺境にある寂れた町ヴィラム。
人口三百名ちょっとのその町は大通りでも人気はまばらであり、大変のんびりとした空気に包まれている。まさに長閑な田舎町という言葉がぴったりな場所だった。
「ヴィラムはソリィダ辺境伯領でもかなり小さい町なんだよね。ここから馬で四、五時間くらい行けばもっと栄えている町にも出られるんだけど」
「ふぅん……お前は行ったことあるのか」
「小さい頃はね。でもここ十年は町の外には出てないよ。森の中の家が私の居場所だから」
そう雑談を交わしながら、ルルはまずユートの服を選んでしまおうと雑貨屋に入る。ここは古着も扱っており、この町の人間が服を買うときは大抵この店を利用していた。
「じゃあ最低でも上下で二着分は買うからね! 遠慮せずに選んでね!」
「ああ」
素直に応じたユートが店の奥で服を物色する中、待機するルルに近づいてきたのはこの店の店主だった。
「よぉルル! あれがお前さんが拾ったっていう兄ちゃんだな?」
「そうだよ。しばらく家で暮らすことになってるの」
「見た感じ冒険者だよな? つか、店の中でもフード被ったまんまだが……」
店主が指摘するように、外出時のユートは滅多なことでは外套のフードを外さない。なるべく顔を見せたくないようだ。まぁ長い前髪で表情を隠している時点で察するところはあるが。
「おいルル……もしかしてヤベー素性の奴って可能性は」
「うーん、たぶん大丈夫だと思うよ。少なくとも彼自身は悪い人じゃないから」
「……ずいぶんと信用してんだなぁ」
「そうだね。ちょっと不愛想だけど……でも優しい人だよ」
ルルが小さく笑って返すと、店主は腕組みをしながら苦笑混じりの息を吐いた。
「こりゃあ、カトルスに強力なライバル出現ってかぁ」
「? なんでカトルスの名前が急に出てくるの?」
カトルスはこの町で唯一の肉屋の跡取り息子で、ルルより一つ年上の少年である。昔から何かとちょっかいをかけてくる幼馴染的な存在だが、なぜ今カトルスの名前が話題に上がるのかルルにはよく分からなかった。
「そりゃあお前さん……いや、なんでもねぇ! 気になるなら兄ちゃん連れてアイツの店にも顔出してみな。そうすりゃいくらあのヘタレ小僧でも焦るってもんだろ」
「?? ……まぁどうせ寄る予定はあるから行くけどね、肉屋」
店主の言いたいことが今一つ判然としないまま、ルルは曖昧に頷く。
と、ちょうどそのタイミングでユートが店の奥から戻ってくる。その手にはきちんと数着の服が下げられていた。
「決まった? サイズも大丈夫そう?」
「ん」
コクリと頷いたユートから服を受け取り、ルルは店主に会計を頼む。正直安くはない買い物だが、ルルはそれを悟らせないように何でもない風を装った。だがユートも馬鹿ではない。
「……金はそのうち返すから」
まとめてもらった荷物を手にユートがルルに向かってぼそりと言う。ルルは笑顔で「分かった」と返した。たとえお金を返すことが目的でも、彼が生きることに前向きな姿勢を見せてくれるのは嬉しい。
「あ、もし良かったらユートが元着てた服、今日の夜にでも出しといてくれない? 結構ほつれてたり破れてるところあったでしょ? 繕っておくよ」
拾った時点で外傷こそなかったものの、服には切り裂かれた個所などがありそれなりに傷んでいた。今までユートが勝手に洗濯をしているようだったので放置していたが、いい機会なので補修しておきたい。
「こう見えても裁縫は得意な方だから安心して任せてくれていいよ!」
「……分かった、ありがとう」
「!!」
「? ……どうかしたか?」
驚いて目を見開いたルルにユートが軽く首を傾げる。
「はじめてユートからお礼言われた」
「あ」
自身の言葉に瞠目したらしい彼はフードを深く被り直すと、無言でルルの頭をぐしゃぐしゃに撫でてきた。どうやら気恥ずかしさを誤魔化したいようだ。
ルルはされるがままになりながら目を細めて「えへへ」と笑う。
「おい、なに笑ってんだよ」
「別に~」
「……くそ、さっさと次行くぞ!」
言って、ユートはルルの背中を軽く押す。
ルルはぐちゃぐちゃにされた髪を手櫛で整えると、ユートを見上げながら「次は薬草店ね」と行き先を提示した。