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 わずかな逡巡の後、ルルは現実的な判断をした。

 ひとりでこの獲物を持って帰るのが無理ならば応援を呼べばいいのだと。


「ごめんねユート、無理やり連れ出すことになっちゃって」

「……」


 薬草畑から急ぎ自宅へと戻ったルルはユートに猪を一緒に運んでほしいと頼み込み、渋々了承した彼と共に再び薬草畑を目指していた。

 ユートは最初こそ引き受ける気はなさそうな態度だったが、


『その猪、金色の狼が善意でくれたっぽいんだよね』


 というルルの説明を聞くと、少し間を置いた後で重い腰を上げた。

 その流れからルルは察する。


(やっぱりあの狼ってユートと絶対に関係あるよねぇ)


 ユート自身は頑なに否定しそうだが状況証拠は揃っている。しかし問い詰めたところでユートを困らせるだけなのは分かっているから、ルルは敢えて何も聞かないことにした。


(それより、今回のことって実はかなり幸運だったかも!)


 巨大な猪が無料で手に入ったこともだが、それ以上にユートを外に連れ出す口実を得られたのはルルにとって僥倖だった。流石に十日も外の空気に触れていないことを内心では気にしていたのだ。主に健康的な意味で。


 そんなユートはルルの後をおとなしくついてきていた。しかし流石は冒険者。彼が歩きながら周囲をさりげなく警戒しているのが伝わってくる。


「そんなに身構えなくても大丈夫だよ。ここら辺は小動物くらいしか出てこないから」

「……」


 ルルがそう言ってもユートから緊張感が抜けることはなかった。一種の職業病のようなものなのかもしれない。それからしばらく歩き続けると、森の中にぽっかりと広がる薬草畑が姿を現した。ちなみにこの先を少し行くと小さな泉があり、水やりなどはその泉を利用していたりする。


「さ、着いたよ! ここが私の薬草畑!」

「……猪はこれか」


 せっかくなので薬草畑の紹介をしようと思っていたルルを遮るように、ユートはさっさと猪のもとへ向かう。さらに彼は猪の傷口である嚙み痕に目を止めるとわずかに眉を顰めた。


「ったく、余計なことを……」

「どうかしたの?」

「……なんでもない。さっさと運ぶぞ」


 言って、ユートは猪の前足を無造作に掴もうとした。

 しかしルルは慌ててユートと猪の間に入り込んで制止する。


「待って待って! 先に血抜きしないと!」


 ルルは自宅から持ってきた肉切りナイフを腰から抜くと、猪の首元にしゃがみ込む。そして簡単な祈りの言葉を唱えてから一思いに猪の首元にナイフを突き立てた。


「こうしておかないとお肉が不味くなっちゃうんだよねぇ」


 ユートの方を顔だけで振り返って説明すれば、彼は少しだけ意外そうにこちらを見下ろす。


「お前、躊躇しないんだな」

「うん?」

「女はこういうの、もっと嫌がるもんだと思ってた」

「そうかな? まぁ確かに気持ちのいい作業ではないけど必要なことだから。そこに男とか女とかは関係ないと思うけどなぁ」

「……」


 そもそも血抜きや解体作業のやり方も全ておばあちゃんから仕込まれた技術だ。彼女は肉を捌くのがとても上手で、たまに罠などから獲れた小動物も器用に解体して余すことなく肉や素材に加工していた。


「それに少しでも美味しくいただくのがこの猪へのせめてもの礼儀ってものじゃない?」

「……まぁ、そうかもな」

「ということで今日は猪肉のステーキにしようね! 残った肉は燻製肉にしたり塩漬けにしたりして……いや、どうせなら明日町に卸しにいくのも有りかな……?」


 そんな風にぶつぶつと猪肉の処理について考えている間に血抜きは無事終わった。ルルは猪の状態を改めて確認した後、ゆっくりと立ち上がる。


「さて、この猪を二人で運ぶなら棒に足を括り付けて運ぶのがいいよね! ロープは持ってきたからその辺の木から大ぶりの枝でも――」

「いや、その必要はない」


 ユートは再び猪の前足に手を伸ばした。そして今度はルルが止める間もなく、無造作にその巨体を持ち上げてしまう。これにはルルも目を真ん丸に見開かざるを得なかった。


「え!? ちょ、ユート! 無理しないでいいよ! 重いでしょそれ!!!」

「別に大したことない」

「え、えええ……? 本当に? やせ我慢しなくてもいいんだよ……?」

「誰がするか。とっとと行くぞ」


 そう言ってユートはさっさと歩きだしてしまう。いくら血抜きしたところで猪自体の重さは相当なものだ。なのに彼は片腕で軽々と猪を抱えてしまっている。身体がぐらつくこともなく無理をしている様子も確かにない。


「ねぇねぇユート、冒険者って皆こんなに力持ちなの……?」

「……さぁな」

「じゃあユートが特別ってこと? あ、もしかして魔法ってやつ!?」


 どんどん先へ進むユートの後ろを追いかけながら、ルルはありそうな可能性を口にする。魔法は生まれながらに魔力が強く、特別な才能を有するものにしか使用できない高等技術だ。人間には皆多かれ少なかれ魔力があるものの、単独で魔法を行使できる者は意外と少ない。


(そういえば倒れてた原因も魔力切れだったわけだし、つまりユートは魔法使い……?)


 かなり肉体が鍛えられていたからてっきり単純な近接戦闘系かと思っていたが、冷静に考えれば魔法使いという線も十分にあり得る。しかしそんなルルの予想はユートによって完全に否定される。


「違う。俺に魔法は使えない」

「えっ……そ、そうなの? じゃあその腕力は……?」

「……鍛えてればこのぐらい誰にでもできる」


 それは嘘だ。絶対に嘘だ。

 だがユートはその理屈で押し通すつもりらしい。


(もう……本当に秘密が多い人だなぁ)


 ルルは思わず苦笑してしまう。

 だって秘密が多い割に彼は誤魔化しが下手すぎる。


(まぁだからこそ、そこまで心配せずに済んでるんだけどね)


 これでユートが嘘の上手い人だったなら、ルルも少しは警戒してここまで世話を焼かなかったかもしれない。


(なんだかんだ、私ってユートのこと信用してるんだよなぁ)


 正確には信じたいだけなのかもしれないけれど。

 少なくともルルはユートのことが嫌いではない。最初に拾った時から一貫して、仲良くなれたらいいなぁと未だに思い続けている。それだけは確かだった。


「……おい」

「ん?」


 その時、唐突に呼びかけられてルルは前方のユートを見上げる。

 彼はいつの間にか立ち止まっており、こちらに背を向けたままだ。


「どうかしたの? あ、やっぱり重くてこれ以上は持てなくなった?」

「違う……道が分かんねぇ」

「あ」


 あまりにも迷いなく進むものだからルル自身も疑問に思っていなかったが、そもそもこの森は地元民でも油断すると迷ってしまいかねないほど鬱蒼としている。土地勘のないユートが道を見失うのも無理はない。

 ルルは一瞬、ぽかんとしてしまったがすぐに湧き上がってくる笑いを堪えることができなかった。


「ふふっ……自信満々に歩いてたのに……あははっ!」

「ッ……あんまり笑うなよ! こっちだって恥ずかしいんだよ!」


 ばつの悪そうに耳を赤くするユートにルルはますますお腹を抱えて笑ってしまった。



 その後、ユートは完全に不機嫌になりしばらく口をきいてくれなくなった。

 それに慌てたルルがその日の夕食を捌いたばかりの猪肉のフルコースにしたことで、なんとか彼の機嫌を回復することに成功。猪肉は大変美味しかった。


 さらにその晩、こっそり家の外へと出たルルは軽く焼いてサイコロ状に切り分けた猪肉をのせた大皿を結界のギリギリ外側に置いた。

 食べるかどうかは分からないが、金色の狼へのお礼として。


 明けて次の日の朝、大皿は綺麗になっていたのでルルはひとりニンマリとした。

 だがその日の午前中にまたしても金色の狼の仕業と思われる瀕死の鹿を薬草畑で見つけた瞬間、ルルはちょっと途方に暮れざるを得なかった。


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