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同居人ができました


『あのさ、もし行くところがないなら……このままうちに住めばいいんじゃない!?』


 そんな提案をしてみてから、早いもので十日。

 日課である薬草畑の管理に出向こうと準備を終えたルルは、玄関扉を潜る前に後方を振り返った。


「じゃあ行ってくるね!」

「……」


 残念ながら「いってらっしゃい」の言葉はもらえない。しかし窓際の椅子に腰かけて外を見ていたユートは、そこで視線を一応はこちらへと寄越してきた。だから全く無視されているわけではない。

 そのことに満足して微笑み返した後、ルルは元気に家を出発した。


 当初、ルルの提案を聞いたユートはおそらく心の底から呆れ返っていた。それはもう表情の端々から「馬鹿かお前は」という声が聞こえてきそうなほどには。


 しかしこの世界には毒を食らわば皿まで、という言葉が存在する。

 一度は手を差し伸べた以上、ルルとしては安心してユートを送り出したい。

 これはもうルルのわがままのようなものだった。


『別にずっと住みなよって話じゃなくてさ? ユートがまた冒険者として活動したくなるまでとか、当座の路銀を貯め終わるまでとか、そういう感じで! ちなみに今なら美味しいごはんもついてくるからとってもお得だよ!』

『はっ……正気かよ。お前にはなんの利益もねぇだろうが』

『ふふん、甘いよユート! 利益っていうのは何も金銭がらみだけの話じゃないんだから』

『……どういう意味だ』

『私は私の気分のためにユートを助けたいってこと! だからこれはもうただの私の自己満足なの!』


 もちろん、ユートが本当に嫌がっているのならば話は別なのだが。

 実際問題として無一文かつ装備も何もないユートをそのまま放り出せば苦労することは目に見えている。森の中は野生動物などの危険が常に付きまとうし、町で仕事を見つけようにもこんな辺鄙な町ではろくに稼げない。そもそも宿代を捻出できるかも怪しいくらいだ。


(冒険者として稼ぐにしても、この辺りは魔獣も出ないし)


 魔獣は体内に宝石にも似た魔力生成器官――魔石を持っており、どの国でも高値で取引されている。つまり魔獣狩りは冒険者が生計を立てる上では最も効率がいいのだ。

 少々効率は落ちるものの野生動物を狩って肉や毛皮や内臓などを卸す手もあるが、どちらにせよ戦うための武器は必要だろう。丸腰の今のユートにそれができるとは到底思えない。


(それに何より……このまま放っておいたらダメな気がするんだよね)


 二日ほど観察していて分かったことだが、ユートの目にはあまり生気が感じられない。会話から察するに無感情というわけではなさそうだが、常にどこか投げやりで、自分のことすらどうでもいいと思っていそうな節がある。極端な話、このまま死んでも構わないというような、そんな雰囲気がルルを不安にさせるのだ。


(せっかく魔王の脅威が去って世界が平和になったんだもの……生きていれば楽しいことだって嬉しいことだっていくらでも見つけられるはず!)


 魔王が存命中の頃はこんな風に赤の他人の幸せについて考える余裕すらない世界だった。

 つまり今だからこそ、ルルは積極的にお節介を焼くことができるわけだ。


『悪いようにはしないから、ね? どうしても嫌になったらその時は引き留めないから!』

『……はぁ、マジで意味わかんねぇ』


 こちらが笑顔でたたみかけると、ユートが己の長い前髪をくしゃりと掌で潰した。それからしばらく何か考え込むように俯いた彼は顔を上げないまま半分独り言のような声を零す。


『俺、しばらく何もする気はねぇんだが?』

『別にいいんじゃない? ユートの好きにすれば』

『……お前一応は女だろ。俺に襲われるとか考えねぇのかよ』

『え、襲うの!? つまりユートって変質者――』

『ふざけんなお前なんか頼まれても襲わねぇよ』

『なら何も問題ないよね?』


 このような会話を経て結局、先に折れたのはユートの方だった。


『頭いてぇ……もう寝る』


 最後にそう恨みがましく呟いてから、彼はのそのそとベッドへ潜り込んだ。そうしてなし崩し的にではあるが、次の日もその次の日も彼は出て行くことなく、未だにルルの家に居る。


 ちなみに彼が初日から使っていたベッドはルルのものだったので、三日目からはおばあちゃんが使っていた部屋に移動してもらった。大きな変化としてはそのくらいで、あとはルルが出した料理を食べるか、窓の外をぼーっと眺めているか、寝ているか。そんな怠惰な日々を彼は送っている。


(ユートみたいなのを世間では世捨て人っていうんだよね、たぶん……)


 勝手知ったる森の中を歩きながら、ルルは十日間共に過ごしたユートのことを改めて考える。

 事前に宣言していた通りユートは本当に何もしていない。しかしルルの見立てでは、この状況もそう長くは続かないと思っていた。その根拠は彼のちょっとした態度にある。


(今日も何か言いたそうな雰囲気だったよね……あれって、たぶん私が外で何をしてるのか気になってるってことなんじゃ?)


 少なくともこちらを気にする素振りを見せている以上、ルルに対してある種の興味や関心を抱いているのは間違いない。

 おそらく彼の本質は善良かつ真面目で、誰かに対して一方的に世話になっている状態がだんだんと心苦しくなっているのではないだろうかとルルは分析していた。時折出る突き放すような言葉遣いも、ルルに嫌われようとわざとああした物言いをしている可能性すらある。


(ただ顔を見ようにも前髪が邪魔なんだよね。あれ切らせてくれないかなぁ。目に悪そうだし)


 今日帰ったら思い切って聞いてみようかなぁと考えたところで薬草畑に到着した。

 薬草畑は四つの区分に仕切られており、季節ごとに様々な薬草と、少しだけ自宅で食べる用の野菜や果物も育てている。畑はそれなりに広いため一人で管理するには骨が折れるが、ルルにとってはおばあちゃんから引き継いだ大切な場所である。手抜かりはない。


 着いて早々に雑草抜き、水やり、生育具合の確認、間引き、収穫できそうなものは収穫――と、一通りこなしていく。毎日のことなので流石に慣れたものだ。

 一段落ついたところでルルは切り株を椅子代わりに昼休憩をとることにした。用意していたランチボックスを開けて手製のバゲットサンドを取り出す。ユートにも同じものを作ってきたのだが今頃食べているだろうか。


(そろそろ食料の備蓄も心もとないし、明日は町で調達してこようかな)


 単純計算で食料の減りは以前の二倍、いや三倍近くになっている。

 別に生活が苦しいほどではないがユートがいつまで居るかも分からない現状、高価な肉類や乳製品は少し控えめにした方が良いかもしれない。


(あー、私に狩りの技術があればなぁ)


 この森には野生動物もそれなりに生息している。家や薬草畑の周囲には獣除けの結界を張っているが、森の奥の方へ進めば小動物から中型の草食あるいは肉食動物も簡単に見つけられるだろう。

 しかしルルに野生動物を捕獲できる技術はない。どちらかというと運動神経もいい方ではないため、危険度と天秤にかけて早々に諦めた経緯がある。


(冒険者のユートなら鹿とか猪も捕まえられるのかな? 夕飯の時にでも訊いてみようか――ッ!?)


 その時、ルルの背後からドシン、という重い音が響いた。

 驚きもそこそこに反射的に振り返れば、なんとすぐ目と鼻の先に丸々太った猪が横たわっている。


「えっ……な、なにこれ!?」


 今休憩している場所も当然、獣除けの結界の中だ。にもかかわらず唐突に猪が現れた。こんなことはこの地に住んで初めてのことである。

 ルルは立ち上がると恐る恐る猪に近寄った。よくよく見れば喉元から出血しており、完全に絶命しているようだ。


「まさか私が猪のことを考えていたから神様が贈り物をしてくれた……とか?」


 ありえない事態に困惑して思わず子供の戯言のようなことを口走るルルだったが、不意に強い視線を感じた。この感覚には覚えがある。


「……あー、やっぱり」


 視線の先を辿れば、そこには十日前に見たあの金色の狼がいた。

 少し離れた場所からこちらをまっすぐに見つめてくる狼に、無駄と思いつつもルルは話しかける。


「この猪、あなたが仕留めたんだよね? もしかしなくても私にくれるってこと?」


 すると狼はまるで返事をするかのように長い金尾をぱたりと大きく揺らした。そして用は済んだとばかりに森の奥へと早々に姿を消してしまう。

 必然的に場に残されたのはルルと猪の死体だけ。思わぬ貢物に喜んだらいいのか驚いたらいいのか悩みかけたのも束の間――


「……いやいやいや! これさすがに私ひとりじゃ運べないんですけど!?」


 三十キロ以上は余裕でありそうな立派な猪を前に、ルルは叫ばざるを得なかった。


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