【番外編】結婚することになりました
本編にお付き合いくださった読者様へ感謝を込めて。
終始イチャイチャしているだけの番外編です。よろしくお願いいたします!
「ルル、結婚しよう」
いつものように狭いベッドで二人して寝て起きて。
仲良く準備した朝ご飯を食べている時に、ユートは真剣な顔でそう言った。
びっくりしたルルはとりあえず口に含んでいたパンをモソモソと咀嚼し飲み込んでから答える。
「別に良いけど……どうして急に?」
「実は前から考えてたんだけど。これから先、俺たちに家族が増えるかもしれないだろ?」
ルルは瞬時に顔を赤らめた。確かにユートとは夜を共にする機会も多いので、遠くない未来にそうなる可能性はそこそこ高い。
「だからその前にきちんとしておきたいんだ。あと単純にルルは俺の奥さんなんだって周囲に知らしめたい」
「もう十分知らしめてると思うよ!?」
思わずツッコんでしまった。既に町では二人の仲を知らぬ者はおらず非常に生温かい目を向けられることが多い。少し前まではメディアによく揶揄われていたが、もはやそれすらも最近ではなくなっていた。それくらい完全に浸透しているのである。
「それは恋人同士ってことでだろ? 俺はちゃんと結婚したい。ルルは俺のお嫁さんなんだって言いふらしたい」
朝っぱらから甘すぎて胸やけを起こしそうである。
ルルは「分かった!分かったから!」と手を前に突き出してユートの猛攻に白旗を上げた。
「私だってユートと結婚は……その、嬉しいし、したいなぁって思うよ」
「そっか! じゃあ決まりだな!」
珍しく満面の笑みを浮かべるユートに、ルルもふわりと頬を緩める。なんだかんだ、ルルはユートの笑顔に弱い。彼が喜んでくれるのなら結婚だって大歓迎である。
「じゃあ、まずはお揃いの指輪を作らないとな」
「え? 指輪?」
「……ん? あれ、そうかこっちの世界だとそういう概念はないのか」
ユート曰く、彼の住んでいた世界では結婚するとお揃いの指輪を左手の薬指に着けるのが習わしらしい。それが既婚者の証なのだと。
ルルはその素敵な風習に思わず目を輝かせる。
「私もユートとお揃いの指輪、欲しいかも!」
「うん、俺もルルとお揃いの着けたい。あとはウェディングドレスとか、ベールとか……こっちの結婚式って具体的にどういうことするんだ?」
「えっと、近くの教会で誓いを立てることのほかは……親しい人を集めてちょっとした宴会をするくらい? そのうぇでぃんぐどれす?っていうのは何か意味があるの?」
「花嫁衣装のことだよ。俺の居た世界だと白いドレスのことが多かったかな」
「白いドレスかぁ……お貴族様ならともかく、私みたいな平民にはとても手が届かないなぁ」
そもそも白い布は貴重なのだ。それを衣装にするとなれば、ルルには値段すら想像がつかない。
だがユートは事も無げに言った。
「ああ、金ならあるから気にしないで大丈夫だよ。これでも稼いでる方だし」
ほら、とユートは自室に戻ったかと思えば金貨や魔石が大量に詰まった袋をテーブルの上に置いた。目も眩むようなそれにルルが唖然とすれば、
「最近は国外にも簡単に行けるしな。衣装や指輪もせっかくだからあっちで用意しようか」
と笑う。国外への移動手段はもちろん聖剣クラウソラスだろう。
たまに数時間ほど留守にしていると思ったら、どうやら相当遠くまで魔獣狩りに行っているようだ。
「ルル、今日午前中の畑仕事終わった後は時間ある?」
「……もしかして」
「うん。必要なものを揃えに行こう。一緒に」
一緒に、という言葉が思いのほか嬉しかったので。
ルルは素直にコクリと頷き返した。
その日の午後。
二人して隣国首都までクラウソラスで転移し、ユートの案内で必要なものを買い揃えることになった。
ユートは恐れることなく見るからに高級そうなお店に入っては、あれこれと注文を付けていく。ただ衣装も指輪もルルの好みをよく考えてくれていて、いくつか選択肢を絞った上で最終判断をこちらに委ねてくれた。ルルひとりでは到底決められそうになかったので、この配慮は心底ありがたい。
衣装についてはおっかなびっくり何着か試着もさせて貰い、ユートが一番似合うと言ってくれた清楚で可愛らしいデザインの白いドレスを購入することになった。合わせて靴も用意してもらう。
指輪も二人で試着し、淡い白金のシンプルなデザインのものに決めた。受け取りは二週間後。
最後にユートの衣装も注文し(これに関してはユートにあまりにもやる気がなかったのでルルが積極的に選んだ)、出店で飲み物を購入してから広場のベンチに並んで座った。
時刻はすっかり夕暮れ時である。
冷たい飲み物で喉を潤し安堵するルルの頬を、ユートが柔らかく触りながら訊いた。
「疲れた?」
「うーん、ちょっとはね? でも楽しかったよ! 試着とか、まるでお姫様になった気分だったし」
「ドレス、どれも似合ってたから全部買っても良かったんだけど」
「いや着る機会ないからね!? それよりユートの衣装が選べたのも嬉しかったな。お店の人も凄く褒めてたよ、スタイル抜群だって」
「他の奴の評価はどうでもいいよ。ルルが気に入ってくれたならそれで」
本当に他者の意見には興味がないのだろう。ユートは目を細めながらルルだけを真っ直ぐに見ている。その度にルルは飽きもせず照れてしまうのだが、こればっかりはもはや慣れるしかない。
「そっそういえば私、外国に来たの初めてなんだ!」
照れを誤魔化すようにそう口にしながら、ルルは異国の広場の光景を改めて目に焼き付ける。
不思議な気持ちだった。ユートと出会わなければ決して見ることの出来なかった景色。きっとこの先も、彼と共に居ることで自分は様々な体験をしていくのだろう。
森の中の家と田舎町だけが世界のすべてだったルルにとって未知との遭遇は常に驚きと不安の連続だ。
けれど隣にユートが居てくれるのであれば何があっても怖くない。今はそう素直に思える。
「……ルルはどこか行きたいところはある?」
「? 突然どうしたの?」
「新婚旅行の参考にしようかなって」
「し、新婚旅行……!?」
「うん。幸い移動手段には困らないから何処へだって連れて行けるよ」
さらりと告げてくる最愛のひとは、きっとルルが望めば本当に何処へだって連れて行ってくれるのだろう。
考えておいて、と言って彼は立ち上がるとこちらに手を差し伸べてくる。
「とりあえず今日のところは家に帰ろうか。ルルは疲れただろうし夕飯は俺が作るよ」
「それなら一緒に作ろうよ! 確かひき肉が余ってたから……ハンバーグにしようか?」
「……チーズ乗っけてもいい?」
「もちろん! どうせなら目玉焼きも乗っけちゃおう!」
そんな他愛のない会話をしながらルルはユートの大きな手をしっかりと握る。そして思う。
本当は綺麗な衣装も、お揃いの指輪も、結婚式も、旅行も。何もなくたって構わない。
ただ隣に彼が居てくれるだけでルルは十分に幸福なのだ。
けれどユートがしたいことを叶えてあげたい気持ちも本当なので、ルルは喜んでそれに付き合うのである。
「結婚式、楽しみだね」
「……それなんだけどさ」
「うん?」
「あのドレスを着たルルを俺以外の奴には見せたくない……!」
だって可愛すぎるから、と大真面目な顔をするユートにルルは思わず笑ってしまった。
数週間後。
ヴィラムの町の夜の教会でひっそりと愛を誓い合う純白の花嫁と精悍な青年の姿を知るのは――主人とその伴侶を尻尾をぶんぶん振って祝福する黄金の聖剣だけだった。
【了】




