幸せにしようと決意しました
ユートと共に王城に乗り込んだ事件から数ヶ月後。
ルルは朝日の差し込む自室のベッドの縁に腰かけながら、差出人の名前がない手紙を読んでいた。
そこに書かれていたのは、勇者パーティメンバーのその後。
騎士クピドは勇者を殺害したということが判明したことで一族郎党、断頭台の露と消え。
残りの三人は情状酌量の余地があることと、何より勇者以外の全員が勇者殺しの大罪人となれば国としての威信が保てないという判断のもと、表向きには処分されることなく。
むしろある程度の要職に就かせることで一生涯、国の監視下に置かれることになったらしい。
ルルは一度しか会ったことがないラボリオの姿を思い出し、こっそりと安堵した。聖剣の証言で彼が苦渋の選択をしたことが分かっていたので、死を賜るより生きて罪を償ってくれる方が遥かに嬉しい。
そして対外的には勇者はクピドの計略により非業の死を遂げたものとして扱われることが国の上層部の判断で正式に決まったそうだ。つまりすべての罪をクピドに集約させた形になる。
また成婚の儀の直前に相手を喪ったスリア姫はといえば、そのことで心身ともに不調をきたしており、今も王城内で静養中とのこと。なんでも姫自身が人前に出ることを断固拒否しているらしく、噂ではその原因は姫の自慢の髪にあるという話だ。
ルルは自分の足元で寝息を立てている呑気な金色狼に視線を移す。
クピドの右腕や姫の髪は聖剣が放つ黄金の光によって断たれたものである。世の理すら捻じ曲げる力だ。半ば呪いのように断たれた部分に何か影響があっても不思議ではない。
姫については気の毒だと思うが、ルルにはどうしようもできないので深く考えるのを止めた。
最後に丁寧なお礼の言葉が綴られていた手紙を封筒に仕舞い、ルルはふぅと大きく息をつく。
「とりあえず、国外に逃げなくても良さそうかな……」
あれだけのことをしでかしたのだから、おばあちゃんが遺してくれたこの安寧の地を捨ててでも国外へ出るべきではないかと、一時期は本気で検討した。
しかしユートは『そんなことはしなくていい』と自信ありげにルルに告げた。
『聖剣がこちらの手にある以上、向こうが強硬手段に出る可能性は限りなく低いよ。それに俺もちゃんと対策してるから』
その対策とは、この森一帯に用意周到に張り巡らされた聖剣による結界である。
なんでも悪意ある者はこの家に辿り着くことすらできない仕組みになっているらしい。ユートは契約破棄が出来ないことを理由に聖剣クラウソラスの力を私利私欲のために酷使すると決めてしまったようだ。ルルとしてはなんだか申し訳ない気持ちになるが、当の狼は主人の役に立てて日々とても嬉しそうなので余計なお世話なのかもしれない。
ルルは眠っている狼と、もうひとりの頭をひと撫ですると手紙を机の上に置いて部屋を出た。
そして眠気覚ましの薬草茶を厨房で用意していると、
「……ルル?」
背後から自分を呼ぶ声がする。振り返ると、可愛い寝癖をつけながら目を擦るユートの姿が視界に映し出された。ルルはほんわりと笑いながら、
「まだ寝ててもいいのに。それともユートもお茶、飲む?」
と尋ねる。すると彼はのそのそとこちらに近づいてきて頭頂部に口づけてくると小さく「うん」と返してきた。甘えられているな、とルルはまたしても笑みを深める。
最近購入した二人掛けのソファーに並んで腰かけながら、ゆっくりとお茶を楽しむ。
ルルは時折、この平穏が愛おしすぎて夢なのではないかと思う瞬間がある。しかし現実として隣にはユートが居て、目を合わせれば幸せそうに微笑んでくれる。
彼から奪ってしまったものをルルは還せない。その罪を忘れてはいけない。
そんな今の自分にできることは一つだけ。彼の幸せのために最善を尽くすことだ。
元来ルルは切り替えの早い性質だった。そして一度決めたことは貫き通す信念も持っている。
「ねぇユート」
「うん?」
「もう何か隠していることとかないよね? あ、別に言いたくないことを言えって話じゃないんだけど」
「……特に思い当たることはないかな。そういうルルは俺に隠し事なんかしてないよね?」
「え? たぶんないと……あっ」
ひとつ思い当たることを見つけて口ごもったルルに、ユートの目がスッと細くなる。
笑顔こそ崩していないものの、見逃すつもりはないという気配がひしひしと伝わってくる。
「ルール―?」
「べ、別に大したことじゃないよ!? ちょっと、言いづらかったことがあって」
「言いづらかったって、何かしたの?」
じっと覗き込まれるわ自然と腰を抱かれるわで逃げ場を失ったルルは、観念して白状した。
「……ユートを拾った日にね、ユートが意識を失ってたから薬を飲ませるために、その……無断で口移ししたこと今まで黙ってましたごめんなさいっ!!」
勢いに任せて一気に言いきれば、ユートはしばしキョトンとした顔の後で盛大に笑い出した。
「もうっ! 笑うことないでしょ!」
「あははっ……だって今更そんなこと気にするとか、はぁ……俺たち、もう口移しなんかより凄いことたくさんしてるじゃん。昨日の夜だって一晩中――」
「わああああ!?! それ以上は言わなくていいの!!」
ぼっと火が付いたようにルルは自分の顔が熱くなるのを感じながらユートの口を塞ごうと手を伸ばす。しかし彼の行動はルルよりも遥かに機敏で。
「どうせ塞ぐならこっちがいいな」
そう言って自分の唇をルルのそれに押し付けてくる。咄嗟に口を閉じれなかったので無遠慮に舌まで入れられてしまい、しばしユートのされるがままになってしまった。
これが、最近のルルとユートの日常である。
二人と一匹が暮らす森の家は静かで、平和で、温かい。
「なぁルル」
「うん?」
「いつか、俺の子供産んでくれる?」
長い長い口づけの後でもたらされたその言葉でそう遠くない未来を想像してみたら、ルルはとても幸せな気持ちになった。だから恥ずかしくても正面からコクリと頷く。
「……うん。そのうちね」
ルルが酷く照れていることが伝わったのだろう。見上げれば、ユートも頬を薄っすら赤くしながら幸せそうに笑っている。
(これから先もこんな風に彼が笑ってくれていたらそれでいい)
ルルはちょっぴり勇気を出して今度は自分から、愛しいひとに口づけを贈った。
【了】
平凡なルルと、平凡ではないユートの物語もこうして無事に完結することが出来ました。
途中で一度も筆が止まることなく駆け抜けられたのも、連載中から応援の感想や反応をくださった皆様のおかげです。改めて厚く御礼申し上げます。
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最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
また別の作品でもお目に掛かれたら幸いです。




