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とある少年の独白【ユート視点】

ユート視点につき若干のヤンデレ思考にご注意ください。


 片瀬(かたせ)悠翔(ゆうと)は本当に平凡な高校二年生だった。

 両親がいて、少し年の離れた兄がいて。

 部活には入っていなかったけれど、毎日友達と遊んだり塾に行ったりと学生なりに忙しい日々を過ごしていた。


 しかし、ゴールデンウィークの直前に。

 その人生は文字通り一変した。


 目の前には黄金に輝く剣と、どう考えても日本人じゃない見た目の派手な人々。

 彼らから勇者と呼ばれ、魔王を斃すように懇願された。

 ゲームも漫画もそれなりに好きだったから、これがすぐに異世界転移というものだと気がついた。


 しかし娯楽として楽しんでいたものとは明らかに違う重々しい空気。向けられる期待は重圧の裏返しだ。魔王討伐は聖剣に選ばれた悠翔にしか出来ないことだと、自分の父親より上の年齢と思しき人たちに頭を下げられるのは酷く居心地が悪かった。


 返事を保留にしたその日の晩、夢の中に金色の狼が現れた。


『ご主人さま! ボクはご主人さまの剣クラウソラス! ご主人さまの願いはなんですか?』


 その問いに、悠翔は迷わず『帰りたい』と申し出た。異世界の事なんて知ったこっちゃない。見捨てることに多少の罪悪感はあれど、自分の生活を脅かされるのはまっぴらだった。明日も友人と遊びに行く約束をしている。こんな場所に留まりたい理由はない。悠翔には英雄願望なんてものはなかったから。


 今ならばこれがただの悪い夢で済むと思っていた。

 しかし、狼は尻尾と耳を垂れさせながら申し訳なさそうに言った。


『……ごめんなさい。もう、元の世界には還せないんです』


 ――その瞬間から、片瀬悠翔は勇者ユート・カタセとして生きることを余儀なくされた。


 何度となく考えた。なぜ、選ばれたのが自分だったのか。

 もっと他に相応しい人物がいただろうに。肉体的にも精神的にも未熟な自分などではなく、純粋に人を救いたいと願う心身ともに強い者が。


 だからユートは自分を選んだという聖剣を初めは心底恨み、憎んでいた。

 自分の脳内へと語り掛けてくる言葉はほとんど無視して過ごした。ただ武器としては非常に優秀だったため、周囲に請われるまま、その黄金の力を揮っていた。


 勇者として求められる役割をこなす。

 何もかもを自分の世界に置き去りにしてきてしまったユートには、その選択しか取れなかった。


 それでもこの世界で過ごすうちに、信頼できる仲間ができた。

 三年以上の間、旅を続けた五人で苦楽を分かち合った。時に弱音を吐き、逃げたい、苦しい、もう嫌だとごねる自分を彼らは懸命に支えてくれた。初めて魔族を殺した時は一晩中吐き気が止まらずに震えていたが、そんな夜にも黙って寄り添ってくれた。『勇者様はよくやってくれている。我々の誇りだ』と自分を認め、褒めてくれた。


 だからユートは頑張れた。聖剣の力のおかげでどんどん強くなる自分を実感しながら、魔王討伐への道を突き進むことができた。

 そして魔王も無事に斃すことができた。自分一人では決して達成することはできなかったはずだ。


 何もかも失ったからこそ、ユートはこの世界で人生をやり直そうと思った。


 そのための第一歩を、魔王を斃した瞬間にようやく踏み出せた気がしていた。王都への帰還の足も軽かった。もう自分は二十歳になっていた。元の世界基準でも立派な大人だ。強くなった今の自分なら、この世界でもきちんと自分の足で生きていける。故郷への未練が完全に断ち切れたわけではなかったが、四年にも及ぶ歳月は確かにユートをこの世界に根付かせつつあった。


 だがその決意も、信じていた仲間に裏切られたことで粉々に砕け散った。


 死の恐怖を感じながら思ったことは、自分の人生がいかにくだらないものだったかということだ。

 報われないにもほどがある。もう何もかも嫌になった。目的も希望も失った。ただ生きることすら苦痛だった。


 だから死の淵で願ったのだ。故郷に帰れないならば、せめて安らかに死にたいと。

 そして自分をこんな世界に連れてきた元凶である聖剣は――最後の最後で、ようやく小さな希望をくれた。


(ああ……)


 王城から自宅に戻ってきても未だに自分の胸の中で苦しそうに泣き続ける愛しい愛しい少女を抱きしめながら、


(俺はこの子と会うために、この世界に来たんだ)


 高校生の片瀬悠翔でも、勇者ユート・カタセでもない、ただのユートはそう強く思った。


 この理不尽極まりない人生において、たったひとつだけ自分に与えられた慈悲。

 何も特別な力を持たない、弱くてちっぽけな女の子。


(愛してる)


 本当はそんな言葉では到底足りない。

 いまや彼女はユートの世界のすべてだ。

 彼女が望むなら世界を救う勇者にも、世界を滅ぼす魔王にも喜んでなろう。

 善悪など知ったことではない。

 もし自分から彼女を奪うというのであれば、神様だって殺してやる。


「ルル、ルル」


 小鳥みたいな可愛らしい名前を口にするだけで幸福を実感できる。

 肩を震わせて泣いている彼女の顔を両掌で包みながら、ユートは躊躇わずにその唇を奪った。しょっぱいのに、どこか甘いそれが胸を満たす。


「泣かないで、ルル」

「っ……ゆーと……ゆーと、ごめ……ごめんなさい……っ」


 伏せていた真実を知ったことで彼女はきっと罪悪感に押し潰されそうになっているのだろう。

 今自分たちが得ている平和は、この世界とは何の関係もないユートの犠牲あってのもの。それは決して間違いではない。

 ただそれ以上に、ユートはルルという幸福を既に手に入れているが、それを今の彼女に説明したところできっと理解はされないだろう。


(なら、その思い込みさえも利用する)


 抱かなくていい罪悪感ですら、彼女を自分に縛り付けるための鎖にする。

 優しいルルはこの先も折に触れて苦しむだろう。だけどそれでいいと思った。苦しめば苦しむほど、ルルの頭の中はユートでいっぱいになるから。そして、自分から離れようなんて考えなくなるから。


(ごめんな、ルル)


 こんな男に好かれてしまったことこそが、彼女の不幸なのかもしれない。

 けれどもう諦めて欲しい。そしてどうか受け入れて欲しい。


「ルルが居てくれるなら、もう元の世界になんか帰れなくていいんだ」


 親不孝と罵られたって構わない。

 すべてを捨ててでも自分は彼女だけを選ぶ。


「俺を哀れに思うなら、ずっとルルが俺を愛して。もうそれだけで生きていけるから」


 祈るようにそう告げれば、ルルはボロボロ涙を流しながらも、しっかりと頷いてくれる。

 水を湛えたその青い瞳は――この世界の何よりも尊く美しかった。


「ありがとう、ルル」


 涙に濡れて赤くなった愛おしい眦に何度も口づけを贈りながら。


 ユートはこの世界に召喚されたことを、心の底から感謝していた。


この物語も次が最終話です。

最後までお付き合いいただけますと幸いです。

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