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色々なものと対峙することになりました【3】


 僅かな沈黙が場を支配する中、最初に口火を切ったのはルルだった。


「ユート」

「ん? ごめん、強く抱きしめすぎてた?」

「そうじゃなくて……えっと、ちゃんと理解できているか自信ないんだけど。今、この国の偉いひとたちからユートが狙われてるってことで良い……んだよね?」

「まぁそういうことになるかな。正確には聖剣の回収が目的だろうし、クピドなんかは今度こそ俺を殺そうとしてるんだろうけど」


 確かにユートが生きていて最も都合が悪い人間はクピドだろう。

 彼の悪行が白日の下に晒されれば計画はすべてご破算どころか、おそらく死罪も免れない。

 だから何としてでもクピドはユートを亡き者としたいはずだ。


「それは間違いありません。スリア姫との婚儀を控えた今、奴の懸念はユート様の事のみかと」

「ていうかあの姫様とクピドって結婚するのか? 初耳なんだが」

「来月には成婚の儀が執り行われる予定です。私の立場ではクピドを告発したところで揉み消されると思い、ただ事の成り行きを見ているしかありませんでしたが……」


 ラボリオの言葉にルルは無意識のうちにユートの服の袖を握った。

 本来であれば勇者(ユート)と結婚していたかもしれない姫君。絶世の美姫と謳われる方だ。それに姫と結婚すれば、富や名声、権力などユートの得るものは計り知れない。比べられればルルに勝ち目など万に一つもないだろう。


(もしユートが姫様との結婚を望んだとしたら……)


 クピドの正体を知った以上、スリア姫と彼が結婚するのは正直止めたい気持ちもある。しかしその結果、ユートがルルのもとを去ってしまうのだとしたら――


(――そんなの嫌だ!)


 なんて浅ましい、とルルは自分自身を罵倒した。しかし気持ちに嘘は吐けない。ユートを失いたくない。好きだから。愛しているから。離れることなんて考えたくもない。ずっと一緒にいたい。


(でもそんなことユートには言えない……言っちゃいけないんだ……)


 ユートは優しいから、きっとルルが縋りつけば本心はどうあれ約束は守ってくれるだろう。傍に居るという約束を。けどそんなのは虚しいだけだ。ルルは孤独なユートの居場所になりたかった。だけど彼に望まれるべき場所が、帰るべき場所があるのならば。


(私がユートの足枷になっちゃいけないんだ)


 様々な想像が頭の中を駆け巡り、ルルは泣きそうになった。だがこんな状況で涙を見せるわけにはいかない。ぎゅっと目を瞑って気持ちを落ち着かせようと努める。


「ルル? どうした?」


 しかしユートはルルの機微には非常に敏感だった。背後から抱きしめてる関係でこちらの顔など見えないだろうに、ユートはすぐさまルルの異変に気付く。そこですぐに「なんでもないよ」と笑えれば良かったのだが、ルルは残念ながら失敗した。というよりもそれより先にユートがルルの頤を持つと強制的に目を合わされたのである。


「……なんで泣いてるの?」

「っ……それは、その……怖くて」

「怖いって何が? クピドが? それとも国が? 大丈夫だよ俺が絶対にルルだけは守るし誰にも手出しはさせない。約束する」


 ユートの力強い言葉に別の意味で泣きそうになりながら、ルルは「ありがとう」と返すので精いっぱいだった。だけどルルが本当に怖いのはユートの荷物になるかもしれない自分自身だ。しかしそれをユート本人に告げるわけにはいかず、曖昧に微笑むことしかできない。

 そんなルルの態度に何を思ったのか、ユートはおもむろにルルを抱えたまま立ち上がった。


「!? ユート……?」

「ユート様、いかがされましたか」

「ルルが不安になるくらいならさっさとクピドの野郎をぶっ殺してこようかと思って」


 ちょっと外の空気でも吸ってこようかと思って、くらいの気軽さでユートが言うのに、他の三人は唖然とした。だが雰囲気的には冗談ではないらしく、ユートは「おい駄犬」と足元で伏せていたクラウを呼ぶ。 


「王城まで跳ぶ。やれるな?」

「アォン!」


 任せろ、と言わんばかりの返事の直後に金色狼はその姿を黄金の剣へと変化させる。


「なっ!? お、お待ちくださいユート様! 城へ乗り込むにしても作戦を立てた方が――」

「作戦も何もないだろ。俺自身が奴の罪に対する生き証人だ。面倒だし真正面から決着つけてやるよ」


 聖剣を手に淡々と述べるユートへ、ラボリオがまだ痛むであろう左肩に手を添えながら苦笑する。


「では私もぜひお供させてください。非才の身なれどルル殿を守る肉壁くらいにはなりましょう」

「だからそういうのは要らねぇんだよ。ルルのことは俺が守る。そもそもお前だって脅されてたとはいえ俺を殺そうとした実行犯のひとりだろうが。また裏切られるかもしれねぇんだから信用なんかするかよ」


 ラボリオにとってそれは冷や水を浴びせられるようなものだっただろう。

 すると擁護のためかイルゼがユートの方へ足を一歩踏み出そうとした。だがラボリオは素早くそれを制して軽く首を横に振る。彼も分かっているのだ。自分の罪が決して消えたわけではないと。


 一度失った信頼を取り戻すことは酷く難しい。というよりも、おそらく完全に取り戻すことは不可能だ。それだけのことを彼はユートにしてしまったのだから。


「……出過ぎた発言、失礼いたしました。それでも貴殿お一人より私も共にクピドの悪事を証言した方が信憑性は増すことでしょう。そのための駒としてどうぞ私も共にお連れいただけませんか?」


 ユートは無表情のままラボリオを凝視する。その後、小さく首肯して同行を許可した。それを受けてラボリオは心配そうな顔をしているイルゼの方へ向き直る。


「イルゼ、君には本当に迷惑をかけた。この礼はいずれ必ず」

「いえ……私の方こそお役に立てて良かったです、先輩。どうぞお気を付けて」


 親しげに言葉を交わす二人を横目に、ユートも腕の中のルルに話しかけてくる。


「ルル、本当に申し訳ないんだけど一緒に城まで来てくれる? この家に置いていくよりも俺の傍が一番安全だから」

「う、うん! その……私じゃユートの力になれるか分からないけど。それでも一緒に居させてくれるなら」

「ルルが俺の腕の中にいる以上は怖いものなんて何一つないよ。俺がこの世で唯一恐れているのは……ルルを喪うことだけだ」


 そこでユートは眩しいものを見るように目を細める。


「あのさ、ルル」

「うん?」

「先に言っとくけど、ルルが死んだら世界を滅ぼして俺も死ぬから」


 そう口にしながら穏やかに笑う青年の瞳は、どこまでも黒く、しかし透き通っていた。


「だから世界平和のためにも王城では俺から絶対に離れないでね。まぁそもそも離す気もないんだけどさ」


 あまりにも過激な発言に驚きすぎて上手く言葉が出ないルルはユートを見上げたまま目を丸くして固まる。そんなこちらの反応が可笑しかったのか、ますます笑みを深めた彼は無防備なルルの額に口づけを落とした。


「ラボリオも準備はいいな? ――跳べ、クラウソラス」


 ――刹那、ルルの家からイルゼを除く三人の姿が完全に消失した。


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