提案してみました
「ねぇユート、元気になったらどうしたい?」
訳ありっぽい青年を拾ってから二日目の夜。
ルルは鶏肉のホワイトシチューとガーリックを効かせたバゲット、簡単なサラダが並ぶテーブルを挟んだ向かい側に座る青年ことユートに話しかけた。
対して、先ほどから料理を褒めるでも貶すでもなく淡々と食べていた彼は、ルルの質問に木匙を持つ手を止めて顔を上げる。
「心配しなくても明日には出ていく。いや、なんなら今すぐ――」
「えっ!? ちょっと待って別にそういう話じゃないんだけど!?」
ルルは勝手に早合点して立ち上がろうとするユートに急ぎ待ったをかける。
倒れたのを発見してからまだ二日。順調に回復しているようだがまだ万全とは言えないだろうし、そもそも出て行って欲しいなんてことルルは微塵も思っていない。
「あのさ、ユートを拾った時に周囲には荷物も何もなかったの。だからもしこの森のどこかに置き忘れてきたとかなら探すの協力できるかなと思って」
「……自分から案内を買って出るってことは、随分とこの森に詳しいんだな」
「そりゃあ、もう十年近くこの森で暮らしてるもん! 私からしたら森自体がちょっと広い自宅の庭みたいなものだよ」
そういえば説明してなかったね、とルルは言葉を続ける。
「そもそも私はこの家でひとり暮らしをしながら、ここからちょっと離れた場所にある薬草畑の管理をしてるの。そこで収穫して加工した薬草を定期的に町に卸しながら生活してるんだ」
ちなみに家の最奥は薬草の加工部屋となっている。とはいっても、ルルに出来ることは薬草を乾燥させる、すり潰す、液体を抽出する、くらいの初歩的な加工だ。難しいものは出来ない。
「おばあちゃんなら薬自体を作ることも出来たんだけどね。私にはそっちの才能はなくて」
以前にユートに飲ませた薬液はそのおばあちゃんが作ったものである。彼女は非常に優秀な薬師だった。ルルの魔力がもう少し強ければ弟子として一人前の薬師を目指す道もあったが、無い袖は振れなかった。
その代わり、おばあちゃんはルルにこの薬草畑という財産や生活していく上で必要不可欠な知識は一通り仕込んでくれたのだ。ルルがひとりになっても困らないようにと。
「おばあちゃんが死んでもう二年以上経つけど、こうして一人でなんとかやっていけてるから感謝しかないよねぇ」
おばあちゃんとの日々を思い出しながら、ルルは懐かしさに自然と目を細める。
いつも薬草のいい香りがする彼女のことがルルは本当に大好きだった。厳しいけど温かくて優しくて、そして誰かを助けることに躊躇のない人。今でもルルがこの世界で一番尊敬している人だ。
(っと、いけない。話が脱線しちゃった)
気を取り直してユートの表情を確認しようとすると、彼もまたこちらをジッと見据えていた。
いつもより強く感じる視線に思わずたじろぎそうになる。
「な、なに? 私の顔に何かついてる?」
「……別に」
相変わらず言葉はそっけないが、話を聞く気はあるようで彼は目線で続きを促してきた。なのでルルも話を本題へと戻す。
「そういうわけで私はこの森にかなり詳しいの。なんか今更聞くのも微妙だけど、ユートって冒険者なんだよね?」
「…………一応は」
歯切れの悪い答え方に首を傾げたくなるものの、話の腰を折るのも憚られてそのまま続ける。
「装備や荷物はやっぱりどこかに落としてきちゃったの? この近くにありそう?」
「荷物は全部別の場所で失くした。探す気もない」
「うーん、そっか……それなら森よりも町で旅の荷物を調達した方が良いかもね。もちろん町の中も案内できるよ! あ、でも……そのぉ……ぶっちゃけユートって今はお金も持ってない……よね?」
ベッドに運んで外套を脱がせた時にざっと確認した範囲でだが、彼は本当に着の身着のままの状態だった。手荷物が一切ないということは、おそらく路銀の持ち合わせもないだろう。
「ああ、なんだ……やっぱり金が必要ってか。で、いくら払えばいい? それとも身体で払えばいいのか?」
一方、ルルの言葉にユートはどこか投げやりな様子でそう口にした。
またしても盛大に勘違いされていることを察し、ルルは慌てて訂正する。
「だから違うってば! 逆にお金が必要なら私が少し貸そうかって話がしたかったの!」
「は? なんでそうなる?」
「なんでって……困ってるときはお互い様っていうか、もちろん大金は無理だけど数日分の旅費ぐらいなら出せると思うし……」
幸い質素倹約を信条に暮らしているため、多少の蓄えはあるのだ。
だから最悪お金を返してもらえなくても構わない。それよりも気がかりなことは別にある。
「もし誰か帰りを待ってくれている人がいるなら……心配してるだろうし、なるべく早く帰ってあげた方がいいよ」
そう言って笑うルルにはもう、自分を待つ人はいない。
天涯孤独な身の上なので頼るべき相手もいない。
だからこそ、もしユートが困っているのであれば――帰るべき場所があるのならば。
その手助けぐらいはしてあげたかった。
しかし当のユートはルルの言葉を聞いた直後、無表情から一転してどこか嘲笑するような顔を見せた。彼がここまであからさまに表情を変化させたのは、ここに来てから初めてかもしれない。
「俺を待っている奴なんているはずがねぇだろ。あんな連中……こっちから願い下げだ」
人を小馬鹿にするような半笑いのその声には微かに、だけど確かに憎悪にも似た怒りが滲んでいた。
瞬間、ルルは己の失策を悟る。
(この反応……もしかしたら大切な人に裏切られた、とか……?)
そして、その結果が死にそうなほどの魔力切れであったとするならば。
ルルはユートの心の傷を徒に抉ってしまったことになる。当然そんな意図はなかった。が、そんなのはただの言い訳だ。少し頭を働かせていれば、もっと違う聞き方もあったはずなのに。
「……ごめん! 無神経なこと聞いて……っ」
そう謝るのが精一杯だった。あまりの居た堪れなさに顔も上げられない。
だがルルのその落ち込みように、今度はユートの方がわずかに焦りを含んだ声を上げる。
「別に……お前が謝ることじゃねぇだろ」
「……でも、傷つけたのは事実だし。本当にごめんなさい……」
「…………ああ、くそっ、調子狂う……っ」
ユートはそう小さく呟くと、気まずさを誤魔化すように完全に止まっていた食事を急遽再開した。さらに彼は俯いたままのルルに自発的に声をかけてくる。
「……おい、お前も食えよ。冷めるぞ」
「あ、う、うん……っ」
「話、続きがしたいなら飯が終わった後でなら聞いてやるから」
表面的にはぶっきらぼうな態度のままだが、これが今の彼ができる最大限の気遣いなのだとルルはなんとなく理解した。その証拠に、彼はこちらの気配や表情を探るようにしている。とても不器用というか、なんというか。
(でも、やっぱり悪い人じゃない)
そのことが嬉しくて、ちょっぴり気持ちが浮上する。
それからお互いに黙々と食事を口に運んだ。しかし会話がなければ食事などあっという間に終わってしまうもので。
「ユート」
最後のバゲットを飲み込んだルルはちょっと勇気を出してユートに話しかけた。
彼は彼でルルの声かけを待っていたのか、すぐさま話を聞く体勢を作ってくれる。
それを確認してから、ルルは自分でも珍しく緊張しながら提案した。
「あのさ、もし行くところがないなら……このままうちに住めばいいんじゃない!?」