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とある話を聞きました


「おや、今日は随分と早いね。それに愛しの旦那は一緒じゃないのかい?」

「っ~~~~メディアさん! もうそのネタやめて欲しいんだけど!」


 ユートと正式に付き合い始めてから凡そ二ヶ月。

 珍しく午前中に薬草の納品に来たルルは店主のメディアにユートとの仲を揶揄われていた。

 すっかり町内公認の関係となってしまったわけだが、それ自体は特に後悔していない。しかし毎度こうして弄られることにはどうしたって慣れないのだ。恥ずかしいものは恥ずかしい。


 ちなみにユートと二人でいる時は彼の方が揶揄いネタをすべて肯定した挙句、誰の前だろうが必ずルルの手を握っていたり腰を抱いていたりするので逆に弄られなくなった。

 同時に町の若い女性陣はユートを観賞用に定めたようで、ルルに対するやっかみや嫌がらせも特にはない。むしろ一部からは『あれだけ引っ付かれて疲れない……?』と心配されるほどである。


「いやいや、冗談抜きで珍しいじゃないか。最近はいつもついてきてただろう?」


 確かにメディアの言う通り、付き合い始めてからというものルルが町に降りる際には高確率でユートも同行していた。当然、納品先であるメディアと顔を合わせる機会も多い。


「ユートは今ちょっと出かけてて……」


 ルルは今朝のユートとのやり取りを思い出す。既に日課となった朝のキスを済ませた直後、自分たちの足元に居た狼クラウが珍しく主人の足に鼻先をぐりぐりと擦りつけてきた。

 するとユートが少し難しい顔をする。


『どうかしたの?』

『……ここからそれなりに距離はあるけど、強い魔力反応が探知に引っかかった。たぶん大型魔獣だと思うけど……』


 大型魔獣は魔族ほどではないにしろ、一般人にとっては十分に脅威的な存在だ。思わず不安になったルルが顔を青くすれば、ユートが優しくその頬を撫でる。


『ちょっと様子を見てくる』

『……危ないことはしないでね?』

『ん、約束する』


 そう言ってルルの額にキスを落としてから、ユートは手早く身支度するとクラウと共に家を出ていった。そんな状況だったので本当はルルも一日家で待機しようと思っていたのだが、すぐに今日が薬草の納品日だったことを思い出し、今に至る。


(だから早めに帰らないと……)


 もしユートが先に家に戻っていたら確実に心配されてしまう。それは避けたかった。


(なのに今日に限って納品数が多いんだよねぇ)


 ルルはひとつひとつ丁寧に薬草を検品するメディアを横目に小さくため息を漏らす。

 薬草は取り扱いを間違えれば命にかかわるものだ。ある程度時間が掛かるのは仕方がない。

 手持無沙汰なルルはメディアの作業の邪魔にならないように、店内を見回しながら時間を潰そうとした。ちょうどその時、壁に貼られたとある掲示物に気づく。その内容にルルは思わず目を止めた。


「……スリア姫、ご成婚?」

「おや、知らなかったのかい?」


 ルルの呟きを拾ったメディアが作業の手は止めないまま話に入ってくる。


「魔王が討伐されて世情もだいぶ落ち着いたからねぇ。姫様ももう十八歳だ。ちょうどいい頃合いだろうよ」

「う、うん……そうだね」


 適当に相槌を打ちながら、ルルは掲示物に書かれた情報を追う。

 スリア姫は我が国の唯一の姫君で、大陸でも傾国を謳われるほどの美姫として知られている。その美貌は魔王が存命の頃は最悪、停戦交渉の材料にされる可能性もあると噂されるほどだった。


 しかし勇者が台頭したことにより、その噂は消えて今度は別の噂が持ち上がった。

 もし本当に勇者が魔王を斃したならば、その栄誉を讃えて彼にはスリア姫が下賜されるのではないか――という話である。


 ルルもそんな噂を確かに耳にしたことはあったが、あまりにも自分に関係のない話だったため今の今まで完全に忘れていた。

 しかし今のルルが勇者(ユート)に関する情報を見過ごせるわけがない。


 掲示物によれば、スリア姫の結婚相手は勇者パーティのひとりである騎士クピドとのこと。

 勇者亡き後も国のために忠義を尽くす姿を国王が認め、掌中の珠のように大切にしてきた姫を下賜することを決めたのだという。


(つまり姫様のお相手は、ユートを裏切ったうちのひとりってこと、だよね)


 ルルの心中はたいそう複雑だった。もしパーティが結託してユートを裏切らなければ、姫と結婚していたのは勇者であるユートだったのではないだろうか。そう考えると騎士クピドはユートから姫を略奪したということになる。しかも勇者を殺害するという最悪の形で。あまりにも罪深い所業だ。


(ユート……ユートは、姫様とどんな関係だったのかな……)


 刹那、つきりと胸の奥が針に刺されたような痛みを訴える。

 もし彼らが暴挙に及ばなければ、ルルがユートに出会うことは絶対になかったのだ。

 今のルルの幸せが彼らの悪事によって成立していることを思うと、言い知れぬ罪悪感に襲われてしまう。本当ならば、この幸せはスリア姫が得るべきものだったのではないかと。


「……ルル、どうしたんだい。暗い顔をして」


 心配そうなメディアの声にルルは力なく笑いながら「なんでもない」と首を振る。

 降って湧いた情報に心の整理が追い付いていなかった。少し考える時間が欲しかった。


 ――だが、そんなルルを嘲笑うかのように。


「お久しぶりです、ルルさん」


 無事に納品が完了し急いで帰宅したルルを玄関先で待ち構えていたのは、凛と美しい女性騎士イルゼ。

 そして、その横には見知らぬ壮年の男性の姿があった。


「――お初にお目にかかる。私はラボリオ……かつて勇者と共に旅をした者だ」


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