告白されました【2】
返事は今度でいいから、と半ば言い逃げされる形でルルは注文した肉と共に店を追い出された。
生まれて初めての異性からの告白。
しかも相手はあのカルトスである。
まったく想像していなかった展開にルルはしばしぼんやりとしてしまった。
結果、珍しくも夕食作りを盛大に失敗してしまった。
火加減を間違えたグラタンのチーズは真っ黒こげになってしまい、付け合わせのニンジンのバターソテーは甘すぎる。スープもどこか味が決まらず、飲めなくはないが決して美味しいとは言い難かった。
「ごめんね、ユート」
食後の片づけ中にしょんぼりと肩を落とすルルへ、隣に立つユートが柔らかく微笑みながら言う。
「別に気にしなくていいから。それより、何かあった?」
「うん……実はね、好きだって告白されたの」
「――は? え、いつ? 誰に?」
皿洗いの手を止めてユートが矢継ぎ早に訊いてきた。
ただならぬ圧を感じたルルは目を瞬かせながら答える。
「今日の午後に……カルトスって分かる? あの肉屋の」
「やっぱりそいつかよ……ッ」
「……ん?? え、まさかユートはカルトスの気持ち、知ってたの!?」
「あれだけ分かりやすければな。そういうルルは――全く気付いてなかったわけか」
どこか呆れたように言われて、ルルは小さくなった。ほぼ接点のないユートですら気づくほどに、どうやらカルトスはルルに対して好意を持っていることを隠していなかったようだ。
「あのさ、私ってそんなに鈍いのかなぁ」
「……」
「やっぱりそうなんだ!?」
激しくショックを受けるルルに対し、ユートが残念な子を見るような目を向ける。
「……で、ルルはどうすんの」
「どうって……」
「そのカルトスって奴と付き合うの?」
改めてユートから真面目に問われ、ルルは考え込むように沈黙する。
ルルにとってカルトスはどこまでいっても幼馴染でしかない。むしろ小さい頃から何かとルルに対して当たりが強かったこともあって苦手意識を持っていた。最近では少し丸くなったように感じていたが、だからといって好意を寄せるほどでもない。
(カルトスには申し訳ないけど……きちんと断るべきだよね)
なにせ初めて告白されたので、どう返事をするのが良いかも手探りである。
それでも自分の素直な気持ちに従えば自ずと答えは出た。
だからルルは『今度会ったら断ろうと思う』と、顔を上げてユートに告げようとした。
しかしそれは叶わなかった。
何故ならそう口にする前に、ユートに物理的に唇を塞がれてしまったから。
「――……!?!?!?!」
一瞬、何が起こっているのか全く分からなかった。
気づいた時には目の前にユートの綺麗な顔があって。彼の唇が自分のそれに触れていて。黒い瞳がじっとこちらを覗き込むように見ていて。自然と呼吸が止まってしまう。
ふいに思い出すのは出会った日のこと。口移しで薬液を飲ませた時には意識していなかった熱が、触れた部分を通じて全身に広がっていく。
急激に恥ずかしくなってぎゅっと目を瞑り思わず一歩下がろうとしたが、ユートの動きの方が早い。彼はルルが逃げる気配を察知したからか、こちらの腰と後頭部を押さえ込んで完全に退路を塞いできた。
ルルはなんとか距離を取ろうと手を動かして抗議するが、鍛えられたユートの身体はびくともしない。それどころかルルが抵抗すればするほどに、ユートの拘束は強くなる一方で。
(……く、くるしい……っ)
最終的には酸欠寸前まで追い込まれたルルは、その場で膝から崩れ落ちそうになる。その段になってようやくユートはルルの唇を解放した。
ぷはっ、と情けない声が漏れた後、狭い厨房内では互いの荒い呼吸音だけが響く。
思考が上手く定まらないルルはユートに腰を支えられながら、かろうじて立っている状態だった。
自分の心臓がドクドクと激しく脈打っているのが分かる。全身が燃えるように熱くて、目じりには生理的な涙が溜まっていた。そこへ、
「……ルル、大丈夫?」
この状況の元凶にもかかわらず、何故かこちらを案じるようなユートの掠れ声が耳朶を打つ。
それに自分でも良く分からないほどカッとなったルルは、ほぼ反射的に勢いよく顔を上げて叫んだ。
「だっ……大丈夫なわけないでしょう!? し、死ぬかと思ったよ!!!」
「あ、え、ご、ごめん!」
「謝るくらいなら最初からやらないで! というか突然どうしてこんな、き、ききキスとか……!!」
真っ赤になりながらも激しく真意を問えば、ユートは叱られた大型犬のように肩を丸めて顔を俯ける。
「……だってルルがアイツと付き合うとか言うから、つい」
「はぁ!? 別に私、カルトスと付き合うなんて言ってないよ!」
「でもすぐに否定しなかっただろ」
「それは……っ、でも、だからってこんなこと急にされたらびっくりするでしょ!」
ルルが声高にそう主張すると、何故かユートはハッと顔を上げて目を瞬かせた。
「……びっくりしただけ? 他には?」
「他にはって……息苦しかったし、なんかちょっと怖かった」
「嫌じゃなかった?」
「……別に嫌じゃなかった、けど」
「じゃあ、もしキスの相手が俺じゃなくても受け入れた?」
その質問にルルは慌てて首をぶんぶんと横に振った。冗談じゃない。
「つまり、俺だけ?」
コクリと頷く。そう、ユートだけだ。こんなことを許すのは。
するとユートは蕩けるような笑みを浮かべた後で、ルルの耳元に唇を寄せた。
「俺、ルルのことが好きすぎて頭がどうにかなりそう」
本日二度目の告白である。しかも別の人間からの。
自他ともに認める恋愛初心者なルルには完全に荷が重すぎる。
しかも初々しいカルトスとは違い、ユートの声は脳が痺れるような甘さを孕んでいて。
(頭がどうにかなりそうなのは私の方なんですけど……!?)
あまりにも恥ずかしくて今すぐにでも走り去りたい衝動に駆られる。
それでもルルは自分の感情から逃げ出すことなく。思い切って自らユートの胸に顔を埋めると、
「私もすき」
なんとかそれだけ返すことに成功したのだった。




