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話をしました【2】


 ――勇者。

 それは魔王を斃し世界を平和に導いた英雄である。


「俺、ちょっと前まで勇者だったんだ」


 ルルは思わずユートをじっと見つめた。とても嘘をついているようには思えない。しかし俄かには信じがたい。何故なら、


「……勇者さまって、死んだはずじゃ……?」

「ああ、やっぱりそういうことになってるんだな」

「え、だってそれじゃあつまり、勇者さまが死んだってことが嘘なの!?」

「俺が勇者だから、まぁそういうことになるかな」


 さらりととんでもないことを言ってのけるユートにルルは唖然とする。


「なっ、なんでそんなことになってるの!? だってユートが勇者さまなら、こんな辺鄙な場所で死にかけてたなんておかしくない!?」

「それはその通りなんだけど……とりあえずルル、落ち着いて?」

「おっ落ち着けるわけないでしょ!? 一体どういうことなの!? ちゃんと説明して!!」


 先ほどまでのしんみりした空気は完全に吹き飛んでいた。

 確かにルルはユートの過去を知りたいと言ったが、こんなことは想定外すぎる。だからこそ詳しい説明を要求するのは当然だろう。

 そんなルルの剣幕にやや気圧されつつ、ユートは頬を掻いた。


「……疑わないんだな、ルルは」

「何を?」

「俺が勇者だってこと」

「? だって本当のことなんでしょう?」

「そうだけど。こうもあっさり受け入れられるとは流石に思ってなかったから」


 確かに常識的に考えれば眉唾物の内容だ。

 正直、他の人が勇者を自称していたらルルも正気を疑う。しかしユートだけは別なのだ。


「ユートってさ、そもそも嘘つかないよね」

「……は?」

「隠したいことがある時は話をはぐらかすことはあるけど嘘はつかないんだよ。自覚なかった?」


 少しは思い当たる節があるのかユートは押し黙る。その様子にルルはふふっと笑った。

 その後、改めてユートは自身の過去について話し始めた。


「詳細は省くけど、とりあえず俺が勇者としてしょう――招集されたのはだいたい四年前。俺は十六歳の学生だった」


 つまりユートは今二十歳。思わぬところで彼の年齢が判明し、自分とは四つ違いであることを意識しつつもルルは特に口を挟むことなく聞き手に回る。


「最初は何もかも信じられなかったな。いきなり聖剣に選ばれたとかなんとか言われて、知らない場所に連れてこられて、おまけに魔王を斃せとか無茶振りされて。それまでの俺は普通の家で育った普通のガキだったからさ。周囲からの期待とか懇願とかもあって、断れなくて……ほとんど強制的に勇者になることを承諾させられた」


 それからしばらくの間、ユートは戦闘訓練漬けの日々を送らされたという。

 しかし魔族の侵攻は既に各地で猛威をふるっており。結果、数か月も経たないうちにユートは前線へと駆り出された。


「少数精鋭の方が動きやすいって理由で、俺を含めた五人で魔王討伐の旅をさせられた。正直、旅を始めた最初の時期が一番きつかったな。それまで俺、戦いとは無縁の生活してたから」


 初めて生き物を殺めた感触は一生忘れられない、とユートはどこか苦しそうに呟いた。


 ルルも食べるために初めて鳥を絞めた時のことを思い出す。しばらくは夢に見るほど怖かった。しかしルルは自分の意志で鳥を殺めたのだ。ただ勇者だからという理由で強要されたユートはもっと辛かっただろう。想像するだけで胸が痛む。


「それでも仲間が励ましてくれて、なんとかやって来れた。結局三年くらいずっと一緒にいたし、そいつらのことは信頼してた。今でも冷静に考えれば、あのメンバーだったから魔王に勝てたと思ってる」


 魔王を討伐した時は全員満身創痍だったが、それでも誰一人欠けることなく生きて目的を達成できたことを心から喜び合った。少なくともユートはそう思っていた。


「だけど王城に戻る途中で、俺はあいつらに裏切られたんだ」


 それはもう間もなく王都への帰還が果たされるというタイミングだった。

 山間で行なわれた最後の野営。その夕食時に、ユートは仲間のひとりである男から毒を盛られた。


「最初は訳が分からなかった。けど、俺が苦しんで倒れてる間に他の連中がなんかゴソゴソ話し合ってて、誰も助けてくれようとはしなかった。回復専門の聖職者もいたんだけどな。俺はとにかく喉が焼けるように熱くて、しんどくて、段々と意識が朦朧としてきた」

「……ひどい」

「本当にな。それで仲間内で一番大柄な男が俺を担ぎ上げたと思ったら――数十メートルはある崖下に容赦なく落とされた」

「っ!?」


 あまりの展開に言葉が出なかった。ルルは思わず腹に回されていたユートの腕をぎゅっと掴む。


「……ごめんな、こんな話。気分悪いだろ?」


 ユートが申し訳なさそうに言うので、ルルはぶんぶんと首を横に振った。目に涙が勝手に浮かんできてしまう。辛いのは、悲しいのはユートなのに。ルルの方が泣いてしまいそうだった。

 そんなこちらを慰めるように、彼は片腕を動かすとルルの頭を優しく撫でた。


「もう聞きたくないなら止めようか?」

「……ううん、聞く。聞きたい」

「そっか」


 それで再びユートは話を本題へと戻す。


「普通なら崖から落とされた時点で死んでたと思う。けど聖剣が俺を生かそうとした」


 ユート曰く、聖剣は契約者の魔力によって不可能すら可能とする力を持つらしい。


「俺はしばらく仮死状態になってたみたいだ。気づいたらルルの家に居て、殺されかけた日から三ヶ月近く経ってたことに後から気づいた」

「……私が勇者さまが亡くなったって話を町で聞いたのは、ユートに出会う二ヶ月くらい前だったと思う」


 ヴィラムの町は辺境だけあって情報が回ってくるのが遅い。それを考慮すれば、ユートが崖から落とされた後に勇者死亡の話が王都から出回ったということだろう。つまりこれは国家ぐるみの計画的な犯行――という結論になるのではないだろうか。


「そこからはルルも知っての通り、最初はルルのことも全然信じられなかったし、とにかく何もする気が起きなかった。自分で死ぬのは嫌だったけど、生きてるのもしんどかった……でもルルと過ごすうちに、少しずつだけど生きることが苦痛じゃなくなっていったんだよ。だから今、俺が生きてるのは間違いなくルルのおかげなんだ」


 ありがとう、とユートが穏やかに目を細める。それで今度こそダメだった。自分の意思に反して、ルルはボロボロと泣き出してしまう。ひっくひっくとしゃくりあげながら、ルルは無理やり身体ごと振り返ってユートに抱き着いた。


「……ルル、泣かないで」

「っ……むりぃ……っ」


 どこまでも優しい声に、ルルはぐりぐりと自分の顔をユートの胸元に擦り付ける。

 困らせたくないのに自分の感情が抑えられない。けれどユートはそんなルルを大事そうに抱きしめながら、泣き止むまでずっと傍にいてくれた。


「……落ち着いた?」


 コクリと頷いた後で、泣き腫らした顔をゴシゴシ擦ったルルは宣言する。


「――私、ユートのこと守るからっ!」

「ルル?」

「あんまり頼りにならないかもしれないけど……でも! ユートを傷つけるひとがもし来たら、私が殴ってでも追い返すからね……っ!!」


 たとえ相手が国王陛下だろうと容赦はしない、と鼻息荒く拳を握るルル。

 それにユートはしばし呆気に取られたような顔をしてから、


「……それなら俺はルルのことを守るよ。たとえ相手が誰であろうと」


 冗談とも本気とも取れるような声音で笑ったのだった。


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