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起きました


 青年が起きたのは、ルルが朝食をのんびり味わっている最中だった。

 突然ガバッと身を起こした青年にルルは驚いて目を丸くする。だがすぐに我に返ると慌てて口の中のパンを呑み込み立ち上がった。


「急に起きると身体がびっくりするよ! まだ横になってて!」

「!?」


 青年はルルの声にびくりと肩を震わせる。そして少しばかり怯えを滲ませた表情でこちらを警戒するように見てきた。まるで手負いの野生動物のようだ。こういう場合は経験則上、下手に刺激してはいけない。


「……とりあえず状況を説明するね? ここは私の家の中。あなたは私の家の前に倒れていたの。魔力切れで死にかけてたから薬を飲ませて寝かせてたんだけど、ここまでは大丈夫? 理解できる?」


 努めて冷静に語り掛ければ、青年の瞳に理性の色が灯って一度だけ頭が縦に振られた。どうやら話が通じない相手ではないらしい。最悪、別の言語圏の人間だったらどうしようかと思っていたのでちょっぴり安心する。


「薬は一般的な魔力補給薬だけど、気持ち悪かったりしない?」

「……平気、だと思う」


 お、喋った!とルルは謎の感動を覚える。

 思いのほか淡々として落ち着いた口調だった。しかし声自体はそれほど低くはなく若さを感じさせる。


「良かった! あ、私はルル。ここの家主だよ。あなたのお名前は?」

「……」

「あれ? 聞こえなかった? あなたの名前、教えてくれない?」

「…………」

「え、もしかして記憶喪失だったりするの!? 自分のこと何も思い出せない的な!?」

「………………ユート」

「ユート! いい名前だね!」


 あまりこの辺りでは聞かない響きだが不思議と彼にしっくり馴染む名前だと思った。

 物珍しい黒髪といい、やはりこの地方出身ではなく他国の生まれなのかもしれない。


「私のことはルルって呼んでね。それでユート、気分が悪くないならご飯食べられる?」


 ルルはそう言いながら、とりあえずコップに水を汲んできてユートへと差し出した。しかし彼はそれを受け取ろうとはせず、ルルとコップに交互に視線をやってから静かに首を横へ振る。


「いらない」

「なんで? 喉渇いてない?」


 さっきからユートの声はやや掠れ気味なので、喉が渇いていないということはないと思うのだが。


「何が入ってるか分からないものを口にしたくない」

「え」


 ルルは普通にショックを受けた。自分が疑われるなんて思ってもみなかったのだ。

 しかし冷静に考えればユートの言うことにも一理ある。なんせ彼は目覚めたばかりでルルのことを何も知らないのだから警戒して当然だ。


(……薬、口移しで飲ませたことは黙っとこう!)


 そう決意を胸に刻んだルルはしばし悩んだ末、コップの中の水を一思いに飲み干した。

 証明するならこれが一番手っ取り早い。


「ほら、何も入ってないよ」

「……」

「というか、何かする気ならそもそもユートが眠ってる間に色々とやってると思うんだけど?」

「ああ……それもそうか」


 ユートは納得したように淡々と呟く。すんなり理解を示してくれるのは助かるが、それにしても反応が薄いというか鈍い。人を疑ってかかるくらいなのだから、もっと様々なことに過剰に反応しても良さそうだが、その割には彼の方から自発的にルルに働きかけては来ない。完全に受け身というやつだ。


(まだ起き抜けだし上手く頭が回ってないのかも……どのみちしばらくは安静にした方が良いよね)


 そう結論付けたルルは再度コップに水を汲んでくると、やや強引にユートの手に握らせた。彼は僅かに眉を顰めたが、それでも突っ返すことなく素直にコップに口をつける。意外と押しに弱いタイプなのかもしれない。

 ちなみに一口飲めばやはり喉は渇いていたのだろう。あっという間にコップの中身は空になった。


「自力で水が飲めるなら身体に大きな問題はなさそうだね。たぶん二、三日も静養すれば完全に魔力も回復すると思うよ。とりあえず元気になるまでは家に泊まってもらって大丈夫だから、今は何も気にせずゆっくり休んでね」


 ルルが柔らかく微笑みながらそう告げると、ユートがポツリと零す。


「……なんで」

「ん?」

「なんで見ず知らずの俺なんかの世話を焼くんだよ。それとも何か目的でもあるのか?」


 まっすぐにこちらを射抜く瞳は仄暗く、目的があるのならさっさと言えと明確に促していた。

 ルルは彼のどこかやさぐれた態度に面食らいつつも素直に思ったことを口にする。


「だって寝覚めが悪いでしょ? ユートってば私の家の玄関前で倒れてたんだよ? それで見捨てたら家の玄関を通る度に苦い気持ちになりそうだもん」

「は? そんな理由で……?」

「私にとっては十分立派な理由なんだけどなぁ……あ、あと綺麗な狼に頼まれた気がしたっていうのもあるよ」

「狼?」

「そう、金色の毛並みをした珍しい狼! まだ近くにいるかも……ユートのこと心配してるみたいだったから、もしかしたらユートの飼い狼なのかとも思ってたんだけど」

「……少なくとも狼を飼った覚えはない」 

「そっか。じゃあ偶然だったのかなぁ?」


 どこか釈然としないものの狼についての話は切り上げ、ルルはユートからコップを回収すると厨房へと引っ込んだ。そして素早く竈に火をつけて大鍋に入っている野菜スープを温める。

 同時進行でパンも軽く炙り、温まったスープをよそった器と合わせてトレーに載せて運んだ。


「はい、ご飯! 食べられる範囲で食べてね」

「……」

「もちろん中に変なものは入ってないよ」

「それはもう疑ってない」


 トレーを受け取った彼は、しばし目線を落としたままでいた。しかしやがて観念したように木匙を手にするとスープをちびちび飲み始める。表情は未だに硬いままだが、それでも目覚めた直後に比べれば幾分か肩の力が抜けているように感じられた。


「あ、おかわりもあるよ!」

「いらん」


 そう、こんな風に何気なく投げた軽口に対して律儀に返事をする程度には。


(ちょっとだけ野生動物を手懐けてる気分かも……?)


 手料理を振舞うのも随分と久しぶりだ。やはり誰かに食べてもらえると作り甲斐がある。


「今日は胃に優しいものにするけど、明日はもう少しがっつりしたものを作るね」

「……」

「お肉とお魚、どっちがいい?」


 そこでチラリとこちらに視線を寄越した彼は、


「…………肉」


 確かにそう答えたのだった。


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