ひとりで町に行きました
ヴィラムの町に辺境伯領が誇る精鋭部隊が到着したのは、魔族目撃の一報が入ってから五日後のことだった。魔族は既に何者かの手により討伐されていたので、彼らの目的は当初の討伐ではなく事後調査ということになったらしい。
「なんでも討伐された魔族は魔核の大きさからしてそう簡単に斃されるような相手じゃなかったって話さ。だからこそ、それを成し遂げた者が誰なのかを辺境伯様は把握しておきたいんだろうねぇ」
町に降りて心配かけた人々のもとへ顔を見せに回っていたルルは、薬草店の店主メディアからそんな話を聞かされていた。ちなみにユートは何故か町に来ることをやんわりと拒否したのでお留守番である。
そんな現在の町は外部の人間が多数入っていることもあり、魔族の脅威は去ったものの未だに普段の落ち着きは取り戻せていない。それはルルも町に入った時から肌で感じていた。
なお精鋭部隊の現場調査によれば、魔族と交戦したと思われる人物はたった一人だという話だ。足跡からそう判断されたようだが、俄かには信じがたい。
「……もしかして魔族同士が争って片方が死んだ、みたいな話だったりするのかな?」
「いや、それはないらしい。魔族は同族殺しをしない種族だからね」
「そうなの?」
「人間と違って魔族の数は圧倒的に少ないだろ? おまけに子供も滅多に生まれないそうだ。だからこそ同族殺しは禁忌とされているんだとさ」
ということはやはり、件の魔族を殺した者は魔族ではなく人間ということになるらしい。
「……ルル、お前さんが一緒に住んでる坊やのことだけど」
「ううん、ユートじゃないよ。魔族の話を聞いてからはずっと一緒に居たから」
厳密にはその日の夜中に数時間ほど離れていたわけだが、ルルの住む森から現場の廃屋までは歩いて三時間以上は掛かる。流石に不可能だろう。
「そういえばルルは熱を出して倒れていたんだっけね」
「そうなの。ユートはずっとつきっきりで看病してくれてたんだよ」
「ほぅ……前に見たときはそんな雰囲気はなかったが、随分と仲良くなったみたいだねぇ」
「うん! これからも一緒に暮らしていこうって約束したんだ!」
ルルが自然と笑みを浮かべれば、メディアも同調するように目を細める。
「そうかい……これでようやくファルマも安心できるってもんさね」
ファルマは二年前に亡くなったおばあちゃんの名前だ。
確かにルルがひとりぼっちになることを誰よりも案じていた彼女からすれば、今の状況は歓迎すべきものだろう。
「しかしカルトスの坊主はちょっと可哀想かもしれないねぇ……いや、自業自得ってもんか」
「んん? カルトスが可哀想って、それどういう意味?」
「だってお前さん、そのユートって坊やとずっと暮らしていくんだろう?」
「うん」
「ってことは、そのうち夫婦になるってことじゃないのかい?」
「…………うえっ!?!?」
驚きすぎて素っ頓狂な声が出た。だが指摘されてみれば、なるほどそう取る方が遥かに自然だ。
なにせルルとユートは年若い男女なのだから。
「……その様子じゃあ、何も考えてなかったってところかね」
「だ、だだだだって! 私そんなつもりじゃ……っ!」
「お前さんはそうかもしれないが、坊やの方はどうだろうねぇ?」
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべるメディアに、ルルは顔から火が出そうだった。
今まで恋愛のれの字にも縁がなかったルルである。当然そういったことへの耐性は皆無だ。
「なんだい、あの坊やとそういう関係になるのは嫌なのかい?」
「いっ嫌じゃない! けど……っ」
「嫌じゃないなら別に良いじゃないか。どうせなるようにしかならないんだよこういうのは」
達観したようなメディアの物言いにルルは目を白黒させる。しかしそれよりも自分自身の発言に驚いていた。
(私、嫌じゃないのか……!)
メディアの質問に即答するくらいには、ユートとそういう関係になることに嫌悪感はない。今初めてそう気づかされた。
はたしてこれが恋愛感情と呼べる類のものなのかは分からないが、少なくとも今のルルにとって一番大切なひとはユートだ。そこに揺らぎは微塵もない。
「……まぁ人生長いんだ。気楽にやりな」
そう締めくくったメディアに背中を押され、ルルは店を出る。
しばしぼんやりしながら歩いていたが、身体は勝手に肉屋へと足を向けていた。
「まぁルル! いらっしゃい! 本当に無事でよかったねぇ!」
「……おばさぁん!」
店先で出迎えてくれたのはカルトスの母である。朗らかでふくよかで太陽みたいに明るい彼女からぎゅうぎゅう抱きしめられたルルは、しばしその温もりに甘えた。
「心配かけてごめんなさい。今日はカルトス居る? この間わざわざ家に来てくれたからお礼を言おうと思ったんだけど」
「それがねぇ、ほら、今は町に調査が入ってるだろう? カルトスは現場に詳しいって理由でそっちの案内役にされててねぇ」
「そっか……確かにあそこはカルトスの遊び場だったもんね」
ルルも廃屋のことは記憶にある。滅多に人が寄り付かないため、子供たちにとっては恰好の秘密基地だった場所だ。同時に、魔族がそんな場所に居たという事実に改めて肝が冷える。本当に斃されるのが少しでも遅ければ町に甚大な被害が出ていたことだろう。
「それでね。調査の対象にはもちろんルルの家がある森も入ってるみたいなんだよ」
「え、そうなの?」
「だから近いうちに外部の人たちがルルの家を訪ねてくるかもしれない。もちろん辺境伯様から遣わされた部隊だから変な連中じゃないとは思うけど、ルルは可愛い女の子だからね。気を付けるんだよ」
「分かった。ありがとう、おばさん」
ルルがにこりとお礼を言えば、カルトスの母は何故か残念そうにため息を吐いた。
「はぁ……あの冒険者の男の子が相手じゃ、うちのバカ息子の分は悪いに決まってるわよねぇ」
冒険者の男の子とはユートのことだろう。そういえばユートは獲った野生動物の肉をたまにこの店に持ち込んでいるので、カルトスの母とも面識はあるはずだ。
そして先ほどのメディアとの会話を経ていたルルは、なんとなくだがカルトスの母が言いたいことを理解した。しかしメディアもだが前提がそもそも間違っている。
「おばさん、私とユートの仲については置いておくとしても、カルトスは関係ないでしょ? そもそも私、カルトスには特に好かれてないし」
「……えっ」
「え?」
何故かカルトスの母が驚愕の表情を浮かべる。そんなに意外だったのだろうか。
「だって会う度に意地悪言うし、肩とか頭とか叩くし、なんか言うこと聞かせようとしてくるし……子分だと思われてるっぽいのは分かってるけど、そういう意味では好かれてないよ絶対」
だってルルがもし相手のことが好きなら、カルトスのような言動は絶対に取らない。
好きな人には優しくしたいし、好意を持ってもらえるように努力したいと思う。
(……あれ!? それってやっぱり私、ユートのことが好きってこと……!?)
ユートに対しては優しくしたいし、好意を持ってもらいたいと思っている。やはりこれが恋というものなのだろうか――と、ルルが明後日の方向に思考を飛ばす中、
「……これはもうどうあがいても勝ち目はないわよバカ息子……」
カルトスの母が頭痛を宥めるように項垂れながら額に手を当てたのだった。