髪を切りました
ルルは案外器用な性質である。それはおばあちゃんとの二人暮らしが長かったこともあるが、そもそもの素養として手先仕事が得意なのだ。
「――はい、おしまい!」
言って、ルルはユートの首元から身体を覆うように巻き付けていた大判のシーツを外して払う。野外のため、切られたばかりの短い黒髪が風に乗って飛んでいった。
「ありがとう、ルル」
「どういたしまして! あ、手鏡持ってこようか?」
「……ルルから見て、どう思う?」
「うん? そりゃあ……」
ルルは髪を切ってさっぱりしたユートを正面から見据える。もともと顔立ちが整っていることは十分に承知していたが、改めて観察すると本当に美形だと思う。柔らかな猫毛を活かす形でカットしてみたが、想像以上の出来栄えだった。
以前までは長い前髪のせいで陰鬱な雰囲気がどうしても拭えなかったが、目元がしっかりと日の下に晒されていると印象はまるで変わる。吸い込まれそうなほどに美しい黒の瞳が特に魅力的だとルルは再確認した。なので、思ったことを素直に口にする。
「このまま町を歩いたら、きっと女の子たちの視線は釘付けだと思う!」
「……」
しかしユートの反応は芳しくない。ルルとしては褒めたつもりなのだが。
「えっと、すごくモテそうって意味だからね!? かっこいいってこと!」
「それってルルも俺のことかっこいいって思ってるってこと?」
「うん! もともとユートはかっこよかったけどね」
「……つまりルルは俺の顔が好み?」
「えっ!? あー……うん。まぁそういうことになる……かなぁ」
好みか好みでないかという話ならば、間違いなく好みの部類だと思う。だがそれを面と向かって表明させられるのは想像以上に恥ずかしい。
(なんだか面食いだって宣言させられてる感じがする……)
だがルルの答えはユートのお気に召したらしい。彼は嬉しそうに顔を綻ばせている。
「……なんでそんなに嬉しそうなの?」
「ん? ルルが俺のこと好きって言ってくれたから」
「なっ……! なんかちょっと意味が違う気がするんだけど!?」
「俺はルルのことが好きだよ」
「いや私もユートのこと好きだけどね!? でもさっきの話の流れはそういうのじゃ……あー、もう! だからなんでそんなに嬉しそうなの!? あと頭もいきなり撫でないでっ!」
照れ隠しに拒否してみるものの、ユートに頭を撫でられるのは本当は嫌ではない。
だから強く振り払うこともできず、ルルは上機嫌なユートが満足するまで構われ続けたのだった。
そのあとは二人してテキパキと家事をこなし、昼前には薬草畑へと赴いた。連日の雨は畑にも少なくない被害を及ぼしているはずだったので、管理者であるルルとしては一刻も早く状況を確認したかったのだ。
案の定、二日以上も雨に晒され続けた畑は全体的に湿っている。ただ想像よりは水没していなかったので安堵した。これなら水はけを良くするための処置をすれば、ほとんどの植物は根腐れなど起こさずに済みそうだ。
ここでも当然のようにユートは作業を手伝ってくれた。特に不要な水を流すための道を作るなど、重労働を積極的に買って出てくれる。最初は遠慮していたルルだが、そうするとユートが逆に悲しそうな顔をするので素直に厚意に甘えることにした。
ルルひとりでは整備も大変だが、ユートとふたりならばあっという間だ。
こまめに休憩も挟みつつ作業をしていたが、昼を少し過ぎたところで全ての作業は完了した。
「ユート、本当にありがとね! おかげで助かっちゃった!」
「これくらいなんてことないよ。むしろ今までよくひとりで全部の作業してたな。大変だったろ?」
「それはそうなんだけど、畑作業自体は好きだから全然苦じゃないよ。ただ、こうやってふたりで作業する方がやっぱり楽しいね」
おばあちゃんが生きていた頃のことを思い出しながらルルは微笑む。
するとユートは少しだけ考えるように目を伏せた後で、
「クラウ、来い」
ポツリと呟いた。瞬間、ルルの背後から「アォン!」という元気のよい返事が聞こえてくる。
「え、いつの間に!?」
まったく気配を感じなかった。驚くルルに対し、クラウは尻尾をパタパタさせながらユートの足元へ寄るとその場で座って待機する。
「俺が傍にいない時は、こいつがルルの傍に居るようにするから。それなら寂しくないだろ?」
「えっ!? そんな、別に気にしないで良いのに……」
「俺がそうしたいだけ。それに護衛としてもそれなりには使えるから」
言って、ユートがクラウの頭をぐりぐりと撫でる。すると狼は高速で尻尾を振りながら「クゥン」と子犬のように甘えた声を上げた。きっと主人に頼りにされて嬉しいのだろう。
それにしても、とルルはユートとクラウを交互に見ながら言う。
「クラウって……狼にしては賢すぎない? なんだか私たちの言葉が完全に分かってるみたいなんだけど」
「……まぁ、こいつはちょっと特殊だから。命令には忠実だし、絶対にルルを傷つけるようなことはしないからそこは安心して」
「それは別に疑ってないけどね」
なんとなく、はぐらかされたのだと感じた。つまり深く追及してほしくないということだろう。
やはりユートにはまだまだ謎が多い気がする。
(いつか、全部話してくれる日がくるのかなぁ)
話してくれるといいな、と思う。でも焦る必要はない。だってユートとはこの先もずっと一緒に暮らすと約束したばかりだ。その約束がある限り、ルルはひとりぼっちではない。
ルルはしゃがみ込んでクラウに手招きする。狼は一度主人にお伺いを立ててから、ゆっくりとこちらへと近寄ってきた。その頭を優しく撫でながら、ルルはクラウの目を覗き込む。
「クラウは私のこと護衛してくれるの?」
「アォン!」
「そっか。ありがとね。その代わり私はクラウのために毎日美味しいご飯を作るね。あとブラッシングとか、お風呂とか――」
「風呂は却下」
「そうなの? 残念……」
「……あのさルル、あんまり甘やかさなくていいから。飯だって必要なら自分で狩って食うし」
「甘やかすとかじゃなくて、私が構いたいんだよ。だってクラウはユートの家族なんでしょ? なら私の家族ってことだもん。もっと仲良くしたいよ……そういうのもダメなの?」
ユートを見上げると、彼は何とも言えない表情をしていた。
そうしてしばし葛藤した様子を見せた後、
「…………ほどほどにね」
渋々といった感じのお許しが出たので、ルルは今朝以来の毛並みを思う存分堪能したのだった。
まったりペースですみません。次回あたりから話が動きます。
この話も折り返しを過ぎましたので、よろしければ引き続きお付き合いいただけますと幸いです。
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