紹介されました
翌朝。すっかり元気を取り戻したルルは張り切って朝食を作っていた。メニューはパンケーキと厚切りベーコンエッグ、そしてサラダとオニオンスープである。
手際よく材料を切っていると、背後に人が立つ気配がした。
「ユート?」
「ん……おはよう」
「おはよう!」
「その様子だと、体調はいいみたいだな」
「うん! ちょっと待っててね、もうすぐご飯できるから」
「手伝う」
「ありがとう。じゃあお皿出してもらえる? あとスープももういいと思うからよそっておいて」
そんな会話をしながら、ルルはなんだか不思議な気分だった。数日前からは考えられないほど、ユートはルルに気を遣ってくれている。どうやら病人だったからというわけではないらしい。
(……なんかいいな、こういうの)
おばあちゃんが亡くなって以来、こんな風に厨房で誰かと肩を並べて作業をする日が来るなんて思ってもみなかった。こういう日常の何気ないやりとりが、ルルにとっては愛おしい。
「ユート、パンケーキ何枚食べる?」
「んー……5枚で」
「了解!」
奮発してバターもたっぷりと乗せた熱々のパンケーキは幸せの味だ。ルルは鼻歌混じりに次々と焼いていく。
そうして出来上がった朝食を並べて二人で食べる。
「俺、パンケーキって甘いイメージあったけど甘くないやつも美味いな」
「でしょ? 蜂蜜をかければ甘くもできるよ。あ、おかわりもあるからね!」
「ん、ありがと」
以前までのユートならば基本的には無表情で作業のように食事をするだけだった。しかし今はゆったりとくつろいだ雰囲気で美味しそうに食べてくれている。その様子をルルはニコニコと見守りつつ、自分の分のパンケーキをベーコンと蜂蜜と共にぱくりと頬張る。ふわりと香るバターとベーコンの塩気が蜂蜜を吸ったパンケーキと合わさり、あまじょっぱくてとても美味しい。
(幸せだなぁ)
心がぽかぽかするルル。そんな中、一足先に食事を終えたユートがルルの方を見て言う。
「なぁルル。食べ終わった後で少し時間もらえる?」
「うん? もちろん良いけど、何か用事?」
「紹介したい奴がいる」
その後、食事と後片付けを終えたルルは家の外に連れ出される。
すると玄関先で待っていたのは、時折出没していたあの金色狼だった。
今まではかなり距離のあるところからしか見ていなかったが、改めて近くで見ると大きい。小さな子供であればその背に乗せて駆け回れそうなサイズ感だ。
狼はおとなしくお座りをしたまま、ルルの方をじっと見つめている。円らな瞳は想像よりもずっと表情豊かだ。なんとなくだが好意的なものを感じるので、ルルも必要以上に怯えなくて済んだ。
「やっぱりこの子はユートの飼い狼だったんだね?」
「……まぁ、一応は」
ルルの言葉に、ユートはかなり嫌そうな表情をした。どうやら不本意なことであるらしい。
「名前はなんて言うの?」
「駄犬」
「キャイン!?」
狼は「ひどい!」と言わんばかりの声で鳴いた。耳も尾もしょんぼりと垂れてしまっている。
「ユート、意地悪しちゃダメでしょ!」
「……クラウ」
「アォン!」
「クラウって言うのね? 私はルル、よろしくね」
ルルはその場にしゃがんで目線を合わせる。クラウと呼ばれた狼は尻尾をパタパタさせながら、ルルの方へとゆっくり近づいてきた。そのままルルの身体に金色の毛並みを擦り付けてくる。くすぐったい。
「人懐っこい子だね。私から触っても大丈夫?」
「……うん」
「じゃあ失礼して……クラウ、抱っこしてもいい?」
「アォーン!」
「いいよ!」と言わんばかりの態度でルルの正面に回ったクラウをそっと抱きしめる。温かくてとても気持ちがいい。ルルはもともと動物好きだ。しかしこの森で野生動物に心を許すのは色んな意味で自殺行為なので、普段は動物との触れ合いを己に禁じている。なのでこうして動物の毛並みを堪能させてもらう機会はなかなかなく、大変離れがたい。
「ううっ……もふもふ気持ちいい……クラウいい子だねぇ。よしよし……」
「クゥーン」
クラウも撫でてもらえるのが嬉しいのか甘えた声を出してくる。とても可愛い。
そうしてしばらく至福の時を過ごしていたルルだったが、
「――クラウ、いい加減離れろ」
ユートのその一言でクラウはあっさりとルルから離れてしまった。ルルが名残惜しくて反射的に手を伸ばすが、クラウは届かない距離まで退避してしまう。そしてチラチラとユートの方を窺っていた。
(残念……もうちょっと抱っこしてたかったのに)
小さくため息を吐くと、ユートがまたしても突然ルルを猫の子のように抱き上げてきた。そのまま大人が子供を抱えるように縦抱きにされる。咄嗟にユートの首と肩に手を回したルルは抗議の声を上げようとしたが――
「あいつを撫でるくらいなら俺のこと撫でてよ」
ユートが拗ねたような顔で見つめてくるので、思わず言葉を吞み込んでしまった。
自分よりも年上の男の人なのに、うっかり可愛いと思ってしまう。
ルルは何も言えないまま、とりあえず請われるままにユートの髪を撫でる。少し猫毛で柔らかい。まだ長い前髪を目にかからないように分けてあげながら、ルルはなんだかおかしくなってクスクスと笑った。
「ユートって意外と甘えんぼさんなんだね?」
「そう、ルル限定でね」
「そこは認めちゃうんだ?」
「うん。だからもっと俺に構って?」
あざとい。非常にあざとい。だがこんな風に甘えられてしまっては突き放すことなどルルにはできない。じっとこちらを一途に見つめてくる黒い瞳の視線から逃げられず、ルルは自身の頬が熱くなるのを感じながら、
「……とりあえず、前髪切ろうか」
自分の顔は見られないように、ユートの頭をぎゅっと抱え込んだ。