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ひとまず安心しました


 ルルが熱を出してから二日目の夕方。

 ほとんど人が訪ねてくることのないこの家の玄関扉が突如、勢いよく叩かれた。

 ベッドでうつらうつらしていたルルはその音で飛び起き、その横で静かに本を読んでいたユートは眉間に皺を寄せる。


「ユ、ユート……っ!」


 まさか本当に魔族がやってきたのではないか。

 最悪の想像に顔を青くするルルだが、ユートは落ち着き払った様子で立ち上がる。


「大丈夫。危ないモノはもうここには近寄れないよ」

「???」


 ユートの発言の意味が良く分からず、ルルは小首を傾げる。

 しかしその数秒後、


「おーい! ルル!! オレだ、カルトスだ! 開けてくれよ!」


 来訪者の正体が分かり、思わず安堵の息をついた。


「なぁんだカルトスか……え、カルトス!? なんでここに!?」


 ルルは急いでベッドを降りようとするが、それはユートによって阻まれた。


「まだ体調悪いんだから、無理しないで」

「だ、大丈夫だよ? それより、カルトスが――」

「……仕方ないな。じゃあ、俺が連れてってあげるから」

「へ? ……びゃあっ!?!?」


 言って、ユートはこちらの同意も得ずにルルの身体をひょいと抱き上げてしまう。驚いたルルが抱っこを嫌がる猫のように抵抗を試みるが、ユートの腕はびくともしない。むしろ暴れるルルを面白がるように背中を撫でてくるほどの余裕すらある。なんだか悔しい。


「ほら、いい子だから暴れないの」

「うぎぎ……っ! ユートこそ、昨日から私のこと子ども扱いしてない!?」

「してないしてない。ただ特別扱いしてるだけだって」


 さらりとそんなことを囁きながら、ユートはルルを大事そうに抱えたまま玄関口へと向かう。

 そして器用に片手で扉を開けた。


「ったく、開けんのが遅ぇ――!?!?」

「……カ、カルトス……あの、これは――」

「な、なななんでお前ここここんな野郎にだ、抱かれ……っ!?」

「ひ、人聞きの悪いこと言わないでよ! これはその……介助! 介助だからっ!!」


 ルルはカルトスの誤解を解くためにも、ひとまず室内へと招き入れる。ユートはあからさまに不満げだったが、ルルはそれをあえて無視した。


「ちょっと待って、お茶を……」

「必要ないでしょ。どうせ用が済んだらすぐに帰るだろうし」

「……なんでテメェが決めてんだよこの居候野郎……!」

「もう! 二人とも喧嘩しないでよね!!」


 ルルは珍しく怒っていますという表情を作って二人を睨みつける。それで少しは頭が冷えたのか、カルトスは憮然とした表情で椅子に座った。一方、ユートはルルを抱えたままカルトスの向かい側に腰を下ろす。当然、ルルはユートの膝の上だ。

 そんなユートの行動にカルトスがまた文句をつけようとした気配を察知したルルは、


「ねぇカルトス、どうしていきなり(うち)に来たの? 今は魔族のこともあるし、一人で来るなんて危ないよ?」


 積極的に話題を振った。

 するとカルトスはハッとしたような表情をした後でルルに向き直る。


「その魔族なんだけどよ……どうも死んでたみたいだぜ」

「えっ!? それ本当!?」


 驚くルルの反応が面白かったのか、カルトスが口角を上げて頷く。


「ああ、町長から聞いた話だから間違いねぇ。ほら、あの町の外れにある廃屋あるだろ? 昔よく一緒に遊んだ」

「あー……カルトスによく連れ回された場所だよね。覚えてるけど」

「あそこで魔族が死後に遺す魔核が見つかったってよ。だからオレもこうしてお前ん家まで一人で来れたってわけだ」

「そう、なんだ……よかったぁ……っ!」


 カルトスの説明にルルは心の底からホッと胸を撫でおろす。だがすぐに嫌な想像が頭を過ぎってしまい、恐る恐る問う。


「あの、町の人たちに被害は……?」

「安心しろよ。全員無事だ」

「そっか……! 良かったぁ! これで一安心だね!」

「まぁな。これから派遣される精鋭部隊の連中は肩透かしだろうが」

「……ん? その人たちが討伐したんじゃないの?」


 町の人間が魔族に対抗できるとは到底思えない。そんなルルの疑問にカルトスもどこか腑に落ちない表情をしながら話を続ける。


「まだ到着してすらいねぇんだよ。たまたま見回りしてた警邏の奴が魔核を発見したから死んだって確認が取れただけで、誰が魔族をやったかはまだ分かってねぇ」

「そうなんだ……」


 そこで一瞬、ルルはもしかしたらユートがやったのではないかと考えた。しかし即座に否定する。いくらユートが強い冒険者だとしても一人で立ち向かえる相手ではないのだから。

 誰が斃したかなんてことは、ルルにとってはどうでもいい。今は自分もユートも町の人たちも無事であることが分かったのだ。素直にその幸運を喜ぶべきだろう。


 ルルがそんな風に思考を巡らせる中、カルトスが「ていうか」と話題を変えた。


「なんでお前さっさと避難してこなかったんだよ。……し、心配しただろうが、お……オレじゃなくて親父やお袋たちがな!」

「ああ、うん……ごめんね。実は高熱で昨日から寝込んでたの」

「熱だと? おいおい大丈夫なのかよ」

「ユートが看病してくれたから、もうすっかり良くなったよ。だから明日には避難しようかと思ってたんだけど、その必要はなくなったみたいで助かったかも」


 ルルとて慣れ親しんだ家を離れるのは基本的に避けたい。そういう意味でも魔族討伐の報せはありがたかった。


「カルトスも、わざわざ報せに来てくれてありがとね」

「……まぁ、お前みたいな奴でも一応幼馴染だからな。魔族に怯えて泣いてんじゃねぇかと思ってよ……」


 ポリポリ頭を掻きながら僅かに頬を赤らめるカルトス。どうやら照れているらしい。

 普段は粗野な印象が強いが、幼馴染を心配する優しさは持ち合わせているようだ。ルルは内心ほっこりして表情を緩める。


「……用はそれだけか? なら暗くならないうちに帰った方がいいぞ」


 と、そんな和やかな空気に突如割って入ったのはユートの淡々とした声だった。反射的にその顔を窺うと、以前までのクールな状態に戻ってしまっている。むしろ前より不機嫌そうですらある。

 そんなユートの態度にカチンときたのか、カルトスの蟀谷がピクピクと動いた。


「テメェ……せっかく報せに来た人間を追い返そうとするとは、恩知らずな奴だなぁおい!」

「別に頼んでないが?」

「はああぁ!?」

「煩い。怒鳴らないと会話できないのかお前は。ルルはまだ体調が悪いんだ。早くベッドで寝かせてやりたいんだよこっちは」

「っ……!」


 カルトスが咄嗟にルルの方を見る。正直なところ体調はだいぶ良くなっているので会話を続けるのに支障はない。だが、これ以上カルトスを引き留めればユートと衝突するのは火を見るよりも明らかだ。

 申し訳ないが、ここは引いてもらった方が得策だろう。


「……ごめんねカルトス。体調が戻ったらちゃんとお礼しに行くね?」


 結局このルルの言葉が決め手となり、カルトスは名残惜しそうに家を後にしたのだった。

 そんなカルトスを見送った後で、ルルは未だに自分を抱きしめて離そうとしないユートの頬をむぎゅりと摘まむ。もちろん、痛くない程度に加減はしてだが。


「あんまりカルトスに喧嘩売らないの」

「……ん、ごめん」


 思いのほか素直に謝ってくるので、これ以上は叱ることはできない。

 ルルは小さくため息を吐きながら頬を摘まむ手を放そうとした。が、何故かユートは「もうちょっとこのままで」と続行を要求してくる。

 意味が分からず困惑するルルに、ユートは上機嫌を隠さず目を細める。


「ルルから触ってくれるの、すげぇ嬉しい」

「!? 触ってるっていうか、抓ってるんですけど!?」

「でも痛くないようにしてくれてるだろ?」

「…………やっぱり全然反省してないでしょ!? ユートのバカ!」


 ルルは今度こそ思いっきりユートの頬を抓ってみたが、それでも彼は嬉しそうだった。


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