看病されました
薄着で雨の中を駆けずり回ったせいだろう。
次の日の朝、ルルは当然のように高熱を出した。本当ならばユートと二人で町に避難しなければならないのだが、身体が言うことを聞かない。おまけに外の雨も止む気配はなく、その日の避難は諦めるほかなかった。
「……ごめんね、ユート」
ベッドの中で顔を赤くしながら謝るルルに、前髪を無造作に流して顔を珍しく露出しているユートが柔らかく微笑む。
「ルルが謝ることなんてないよ。はい、あーんして?」
彼の手には少し冷ましたミルク粥を掬った木匙が握られていた。
熱で頭がぼんやりする中、ルルはユートに請われるまま口を小さく開く。
「うん……あーん」
「どう? 美味しい?」
「ん……おいしぃ」
温かい食事が身に沁みる。それにお世辞抜きにユートが作った粥は美味しかった。出会った頃から食事の用意はすべてルルがしていたので知らなかったが、どうやらユートも料理上手なようだ。
「良かった。はい、もうひと口ね」
「ありがと……でも、ちゃんと自分で食べられるのに……」
「俺がしたいんだよ。それとも、俺の手から食べるのは嫌?」
「うっ、そ、そんなことないけどぉ」
食事の度にそのようなやりとりを繰り返しながら、ルルはユートに甲斐甲斐しく看病された。むしろ放っておくと着替えやトイレへの移動まで手伝おうとしてくる始末。恥ずかしいので流石に断ったが、どうにもユートはルルを構いたくて仕方がないらしい。
(……病人には特に優しいタイプなのかなぁ)
そんなユートの献身も手伝ってか、次の日にはだいぶ体調も回復してきていた。しかしまだ町まで歩いていけるほどの体力は戻っておらず、天候の方も安定していない。
だがユートひとりでなら余裕で避難できるはずだと、ルルはユートの安全を第一に考えて提案する。
「あの、ユートだけでも先に避難――」
「ルル」
「あ、はい。なんでもないです」
が、ユートの圧に負けてすぐに引き下がった。
こうなっては一刻も早く体調を万全にするしかないと、ルルは回復に努める。だが昨日からずっとベッドの上の住人ということもあり、上手く眠れそうにもなかった。
暇を持て余したルルは、口元まで毛布を被りながらベッドサイドの椅子に腰かけているユートをそっと窺う。
昨日もだが、今日もユートは前髪を適当に後ろへ流して額を露出していた。なので普段は見られない神秘的な黒い瞳がハッキリと確認できる。
「ねぇユート……前髪、上げちゃってていいの……?」
恐る恐る尋ねると、彼は自身の前髪の一部を軽く摘まんだ。
「ああ、うん……というか、ルルの体調が良くなったら切ってもらおうかと思ってるんだけど」
「そうなの?」
あれほど頑なに隠し続けてきていたのに、どういう心境の変化なのだろうか。ルルが目を丸くしていると、ユートがふっと自嘲気味に笑う。
「実を言うとかなり鬱陶しかったんだよな。けど俺も意地になってたっていうか」
「……もう、意地を張らなくて良くなったの?」
「そうだよ。ルルのおかげだ」
「私?」
驚いて目を瞬かせると、ユートが手を伸ばしてルルの頭を優しく撫でる。
「君が俺の帰る場所になってくれたから、もう隠さなくても良いかなって」
「……そ、そっかぁ」
ルルは堪らず赤面した。あの日、ユートに告げた言葉に嘘偽りはない。けれどこうして面と向かって言われると途端に恥ずかしくなってしまう。
しかしこれはとても大事なことなので、ルルは改めて確認する。
「あの、それじゃあ……ユートはこのままこの家で暮らしていくってことで良いんだよ、ね?」
「もちろん。というか俺、もうルルの傍から離れるつもりないから」
「そっか……うん、そっか! 嬉しいっ!」
じわじわと胸の中に幸福感が広がっていく。
これで正真正銘、ユートとは家族のような間柄になれたということだ。
もういつか来る別れの時を恐れて待つ必要はないのだ。
ルルの喜びようにユートも屈託なく破顔する。そういえば昨日からユートは無表情不愛想を完全に廃業しており、むしろ表情豊かになった。というよりも、ルルに対しては基本的に笑顔を向けてくる。それ自体は歓迎すべきことだが、今までが基本的にクールだった分ギャップが凄まじい。
(でも、これがユート本来の姿なのかも……?)
実際、出会った頃からなんだかんだとユートは優しかった。しかしそれを極力表に出そうとしなかっただけだ。むしろ露悪的に振舞うことでこちらと壁を築こうとしていた節もある。
それを裏付けるかのように、ユートは優しく目を細めながらルルに言った。
「それでさ。これからも一緒に住むんだから俺も家事はもちろんやるし畑の手伝いもする。それと適当に仕事もして金も稼いでくるよ。絶対にルルには不自由させないから」
世捨て人のような適当な生き方から一転、やる気に満ち溢れた宣言にルルの方が慌ててしまう。
「そ、そんな一気に色々やらなくても大丈夫だよ!? 私は今まで通りでも――」
「俺がそうしたいんだ。むしろルルの方が働きすぎなんだから、今後はもっと俺を頼ってほしい」
「十分頼ってるよ? 今だってこうして看病してくれているでしょ?」
「これはむしろ役得だから」
「んん??」
意味が分からず首を傾げれば、ユートが再びルルの頭を撫でてくる。こんな風にユートの方から積極的に触れてくることも今までなかったことだ。物理的な距離の近さにルルは内心落ち着かない。なんというかこう、胸のあたりがムズムズしてしまう。
「あのさ……ユートって、もしかして結構スキンシップが好きなひとなの?」
「ルル以外には特に触れたいとは一切思わないけど?」
「じゃあ私には触りたいと?」
「うん、ルルだけ」
あっさり肯定されてしまって、思わず言葉に詰まる。
するとユートの表情があからさまに曇った。
「俺に触られるの、やだ?」
「えっ! い、いやじゃないよ!? その……は、恥ずかしいだけで……っ」
「そっか。良かった。じゃあ慣れて」
「うん……え、慣れて!?」
なんだかとんでもないことを言われたような気がしたが、あまり考えると熱がぶり返してきそうな気がしたので、ルルはおとなしくベッドに沈むことにした。




