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転機を迎えました【2】


 魔族――それは人の形をした、しかし人とは根本的に異なる存在。

 彼らは魔獣と同じく宝石にも似た魔力生成器官を生まれながらにして持つ。そして彼らは大気中の魔力を糧に生命活動を行なうことが出来る。

 極端な話、空気があれば自給自足が可能な生物だ。


 本来であれば、食物連鎖の関係性にない人間と魔族は共存可能な種族であるはずだった。

 しかしそうはならなかった。


 そもそも魔族は人間を明確に自分たちよりも下位の生物と位置付けている。だがその一方で大陸を実質的に支配しているのは人間だった。これは人間の繁殖能力に比べて、魔族の繁殖能力が著しく低いことに起因していた。魔族の寿命は人間よりも遥かに長い。しかしながら個体数という観点では人間は魔族に圧勝していた。彼らにはそれが堪らなく不愉快だった。


 そうして彼らの中で燻り続けた不満が爆発したのは、今から二十年前。

 まるでそうすることが当たり前のように唐突に、魔族は人間を殺し始めた。


 自分たちの方が上位の存在であると理解させる、ただそれだけのために。


 中には娯楽目的で人間を虐殺する魔族もいた。飢えもせず、また人間と比べて魔力を無尽蔵に生成できる魔族に対して、抵抗できたのはほんの一握りの人類だけ。普通の人間ならば出会った時点で詰みだった。


 そんな魔族たちの頂点に君臨する存在――それが魔王である。

 どうやら魔王は魔族の中で最も高い魔力を持つ者が選ばれるらしく、ちょうど二十年前に代替わりしたとされている。そしてそれが、魔族による人間狩りの始まりだとも。


 魔王は改めて人間を自分たちの敵と定め、魔族による大陸支配を目論んだ。

 その命に従い魔族たちは徐々に人間の勢力圏を削っていった。侵攻速度が遅かったのは、偏に魔族の個体数が五百名にも満たなかったからに過ぎない。しかし一人一人が強大な力を持つ魔族たちは、ゆっくりと、だけど確実に人類を殺戮していった。


 いつしか人々は魔族の襲撃に怯えながら息を潜めるように暮らすほかなかった。ただただ、魔族という天災が自分たちに降りかからぬことを願う日々が十五年以上、続いた。


 ――しかし転機は訪れる。それが四年前のこと。


 突然、この国から魔族を相手に連戦連勝を重ねる者が現れた。宝物庫に眠る黄金の聖剣に選ばれたという彼のことを、人々は敬意と希望を込めて勇者と呼んだ。

 やがて勇者とその仲間たちは魔王を倒すべく旅立ち、おおよそ三年以上の歳月をかけて見事その本懐を遂げてみせた。


 それが今から半年前の出来事。

 魔王を喪った後、残りの魔族は行方を晦ませたため、人類は平和を取り戻した。


 しかし裏を返せば魔族の生き残りは数は少なくも確実にこの大陸に存在しているということ。

 そしてその生き残りの出没情報が、この長閑で平和な町ヴィラムを突如として襲ったのである。



 魔族目撃のことを聞いたルルはメディアが止めるのも振り払い、急いで森の中の自宅へと戻った。

 時刻はまだ午後を少し回ったくらいで夕方までは数時間ある。だから当然、家の中には誰の気配もない。

 へなへなと力なくダイニングの椅子に腰かけたルルは額の前で両手を組みながら、祈るように呟いた。


「ユート……お願い、早く戻ってきて……っ」


 不安と恐怖で心臓が痛い。

 もしユートが魔族に出会ってしまったら。

 そう考えるだけでも身体の震えが止まらなくなる。


 まるで永遠にも思えるほどに時間の流れが遅く感じられた。しかし夕方を前にして、家の玄関扉はあっさりと開かれた。ルルが音に気付いてハッと顔を上げれば、そこには常と変わらないユートの姿がある。そのことに、ルルは泣き出したいほどの安堵を覚えた。


「っ……ただいま」

「ユート……っ! 良かった、無事で……本当に良かった……!!」


 思わず駆け寄って彼の無事を無遠慮に確認する。どこも怪我をした様子もなく顔色も良い。ただ珍しいことに彼の息は僅かに乱れていた。まるで走って帰ってきたかのようだ。それでもしかしたらと思い、ルルはユートへ問う。


「ユートもどこかで聞いた? この辺りで魔族の目撃情報があったってこと……」

「……ああ」

「そっか。だから急いで帰ってきたんだね」


 ルルは納得して表情を少しだけ柔らかく崩す。それならば話は早い。


「あのねユート、一緒に町へ避難しよう? 今日はこれから準備して向かうのは時間的に厳しいから、明日の朝にでも」

「……避難するって言っても、町も特に安全ってわけじゃねぇだろ」


 確かに、人口三百人のヴィラムに魔族に対抗できるような戦力は揃っていない。おそらく今頃は辺境伯に伝令を飛ばし、精鋭部隊の派遣を要請していることだろう。だから町に居れば安全というわけではない。


「それでもここで二人きりで居るよりは、町の人たちと協力した方が生存率は上がるはずだよ」


 幸いにして、ルルは直接魔族と相対したことはない。けれどその恐ろしさは痛いほどよく知っている。だからこそ楽観視などできるはずもない。少しでも助かる可能性が高い行動をとるべきだと主張する。


 対して、ユートは特に焦った様子もなくルルの主張に耳を傾けていた。どうしてここまで冷静でいられるのかルルからしてみれば不思議で仕方がない。いくらユートが優れた冒険者だとしても、たったひとりで魔族を相手に勝てる見込みなんて普通は皆無だ。強大な力を持つ魔族を単騎で相手取れるなど、それこそ噂に聞く勇者でなければ無理な話だろう。


「お願いユート……私、ユートに何かあったら絶対に後悔する。だから一緒に逃げよう? ね?」


 最終的にはルルの必死な懇願が功を奏したのか、ユートはしばらく間をおいた後で「分かった」と首肯した。


 それから二人は早めの夕食を取った。そして明日の朝に備えて早々に就寝することを決める。

 持ち出す荷物を整理したルルは、まだ眠る様子を見せないユートに「おやすみ」を告げると自室に引っ込んだ。そのまま毛布を被り目を閉じる。だが眠気は一向に訪れない。やはり神経が昂っているのだろう。

 それでも寝ておかなければ体力が持たない。ルルは仕方なくリラックス作用のあるラベンダーの香を少しだけ枕元に置いた。そして再び目を閉じて深呼吸を繰り返す。


(……ユートも、少しは眠れるといいけど)


 ルルは最後にそんなことを考えながら、ようやく眠りに落ちていった。


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