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転機を迎えました【1】


「それじゃあ町に行ってくるけど、ユートも今日は外出だよね?」

「ああ、夕方には戻る」

「了解! 怪我とかには十分に気をつけてね?」

「分かってる。お前こそ一昨日みたいに転んだりするなよ」

「はーい! じゃあ、行ってきます!」


 ユートをルルが拾ってから、既に三ヶ月近くが経とうとしていた。

 すっかり体調も万全となったユートだが、未だにルルの家に住んでおり、出ていく気配は今のところない。しかし変化は確実にあった。


 それは彼が少しずつ自主的に外出するようになったことである。


 あれは確か同居開始から1ヶ月ほど経過した頃のことだったろうか。

 ルルが日課の薬草畑に行って帰ってくると、家の中にユートの姿はなかった。最初は気分転換に散歩にでも出かけたのかと思っていたが、二時間経っても帰って来ない。


 もしかしたら森で迷子になったのか。不測の事態で動けなくなっているのではないか。

 それともこの家が嫌になって出て行ってしまったのか。


 焦りと不安で胸がいっぱいになったルルは居ても立っても居られず、ユートを捜しに行こうと準備を始めたところで、当の本人は何事もなかったように帰ってきた。そしてまさに家から出ようと外套を羽織っていたルルの姿を見て、彼は軽く小首を傾げる。


『……出かけるのか?』

『~~~~っっ!! ユートのこと捜しに行こうとしてたの! ばかっ!!』


 思わず語彙力のない八つ当たりをしてしまうくらいには動揺していたルルに、ユートは面食らった後で素直に『ごめん』と謝った。しかしルルの怒りは簡単には収まらない。


『別にユートが何しようと構わないよ? でも、いきなり居なくなるのだけはやめて』


 ユートが外に関心を持つことは良いことだ。それを止めるつもりは全くない。

 けれど突然居なくなられるのは嫌だった――昔にも同じように居なくなった人がいたから余計に。


『約束して。出かける時は事前に伝えるって』


 ルルの必死さが伝わったのか、ユートは『分かった』と神妙な顔で頷いた。

 それ以降、朝に互いの予定を告げることが二人のお約束事になった。


 そしてこの出来事を契機にユートの行動範囲は段々と広がっていった。


 最初は森の中で気まぐれに野生動物を狩ってくるようになった。

 どうやらユートは冒険者としてかなり優秀なようで、ルルが使っていなかった予備のナイフを借りると、そんな心もとない武器で猪や鹿といった大物を苦も無く仕留めてくる。


 それらはルルたちの食料にもなったが、同時に彼の金銭的な収入にも繋がった。

 狩った獲物を売るためにユートは定期的に町へと出向くようになり、気づけば町の人々からも存在を認知されるようになっていた。もともと狭い町だ。噂が広まるのも早い。


 当然、ユートとルルが同居しているという話もあっという間に周知された。

 なので最近は町に降りると馴染みの人々から冷やかされることが多々ある。実際はそんな関係ではないので毎回否定するのだが、どうにも照れ隠しと思われているような気がしてならない。


 ちなみにユートが獲物を持ち込む先のひとつはカルトスの実家である肉屋なのだが、特にトラブルを起こすような事態には発展していない。

 というのも、あれ以降カルトスは店番をすることがめっきり減っていたのだ。

 どうやら現在のカルトスは父親について仕入れや解体作業の方をメインに仕事しているらしい。なんでも周囲には『店番じゃ身体が鍛えられねぇから』とぼやいていたとかなんとか。


 そうやってお金を稼ぐようになったユートは、まとまった金額になるとそれをルルに渡すようになった。最初は受け取りを拒否したルルだが、今まで世話になっている分の食費と家賃と言われてしまうと断りづらい。


 さらにいつの頃からか、彼は家事についても手伝ってくれるようになっていた。

 特に重労働の水汲みや荷物運びは積極的に手を貸してくれる。ベッドのマットレスを干すのも彼の手にかかれば一瞬だ。だからひとりの頃よりも頻繁にルルは寝具を干すようになった。おかげで寝つきもすこぶる良い。


 それはユートも同じなのか、それともきちんとした食事がとれているからか。

 顔色も良く健康的な気配を纏うようになった彼はもう、出会った頃のような、消えてしまいそうな不安定さはない。相変わらず前髪は長いままだし、外出時はフードを取ろうとしないが、言葉遣いも以前と比べれば柔らかくなったような気がする。


 そんなユートの変化を目の当たりにしながら、ルルは思う。

 ユートの自立は喜ばしい。けれどそれは、そう遠くない別れの訪れを嫌でも想起させる。

 一方、ルルは今の生活をとても気に入っていた。ひとりじゃないというのは、想像以上にルルの心を豊かにしてくれていた。


 『ただいま』『おかえり』『おはよう』『おやすみ』――そんな日常の些細なやりとりも、彼がこの家を出て行ってしまえばあっけなく終わってしまう。それが堪らなく、寂しい。


(……ダメだなぁ。これじゃあ私の方がユートに依存してる)


 たった三ヶ月、されど三ヶ月だ。

 もうルルにとってユートは間違いなく大切な人――家族のような存在になっている。

 本音を言えばずっとこの家に居て欲しい。でもそれはルルの勝手なわがままだ。ユートを縛り付けることはできない。


(その時が来たら……ちゃんと笑顔で送り出してあげないと)


 そんな風に思いながら、ルルは一時間以上をかけて町へと降りた。

 今日はメディアから頼まれていた薬草の納品日だったのだ。籠に詰め込んだ各種の薬草を手に、ルルは慣れ親しんだ道を歩く。しかし途中で何となく違和感に気が付いた。

 もともとあまり活気のある町ではないが、今日は普段にもまして人通りが少ない。よくよく見れば臨時休業にしている店もいくつかあって、ルルは思わず首をひねる。


(何かあったのかな……?)


 そんな疑問を抱きつつも予定通りメディアが営む薬草店を訪れたルルは、そこで僅かに顔色を悪くしたメディアに迎えられた。


「ああ、ルル! 良かった……無事だったね」

「? そりゃ無事だけど、何かあったの? 町の様子もおかしいし……」


 ルルの質問にメディアはグッと息を呑んだ後、神妙な面持ちで告げた。


「……この辺りで魔族の目撃情報が出たんだ。魔王軍の残党って話だ」


 その言葉に、ルルの全身から一気に血の気が引いた。


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