第94話 Fade out
祭りの賑わいから離れて行く。
喧騒が遠くなる、背後になる。
視界を埋め尽くす人波もない。
ここまで来たのなら繋いだ手を離しても良いかもしれない。俺は篠森の手を握る力を緩めた。
「…………」
そうすれば、自然と解けるだろうと思っていた。ただ、篠森は俺の手を握ったままで。俺も篠森が離そうとしないのなら、この手を無理に振り解くつもりはない。
「結局、何とかなったね」
突然に篠森が言う。
「ん?」
何のことかと俺が首を傾げれば「倉世の事」と篠森が言う。
「全然見当たらなかったし」
「……そう、だな」
何とかなったのは間違いない。
倉世と対面する事態となったものの、俺の事は悟られなかったと思う。未だ、額に着けたままだったお面を空いた左手で外す。
「もしかして、会ってた?」
俺は隣の篠森に顔を向けた。
「…………」
確信があったわけではないんだろう。俺の歯切れの悪い答えに疑問が湧いた。その程度だったと思う。
「そっか」
俺はまだ、何も答えてないのに篠森が納得した様に呟いた。
「大丈夫だった?」
「……顔は、見られてないと思う」
篠森が微笑し「何か、それ犯罪者みたいだ」と言う。さっきの俺の発言を振り返ってみれば、その感想は否定できない。
「それも大事だけど。でも……そう言う事じゃなくて、さ」
俺の返答は篠森の質問の意図と食い違っていたらしい。
「甲斐谷は、平気だったの?」
篠森が言い方を変える。
俺も何を聞かれているのかが分かった。これは俺の心情の話だ。篠森が気にしてるのはそこだ。
「…………」
多少は思う所もあった。
それでも、別に取り乱す必要がない程度の事だった。
「それは」
倉世との会話に少しだけ虚しさも感じていたし、三谷光正と合流できた時は僅かにも怒りを覚えたのも事実ではあるが。
「まあ、大丈夫だって」
いつも通りの答えに篠森は、二秒程じっと俺を見つめてくる。
「……分かってる」
頼っても良いんだろう。
何回も篠森は言ってくる。きっと俺が頼らないからだ。篠森は俺がその選択を外してると思ってるのかもしれない。
「まだ何も言ってない」
篠森が表情を変えないままに言う。
「言わなくても分かるからな、流石に」
あれ程に言われていたら、どんな言葉を続けるつもりかも理解できると言う物だ。
「そ……なら、良いけど」
俺に対する話はそこまでで、篠森の中にあった心配も一先ずはと言った所なんだろう。
なら今度は、と。
俺から篠森へ話を振る。
「そういや金谷先輩とは何してたんだ?」
俺とはぐれていた間に篠森がどうしてたかが気になる。
「ちょっと話してただけだよ」
「……話?」
金谷先輩と何を話していたのやら。
篠森が思い出そうと顎先に左手の人差し指を当てて話し出す。
「えっと……金谷さんに『あれ、一人なの?』って聞かれたから、甲斐谷とはぐれたって答えたら『大丈夫?』って────」
それで俺と合流するまで一緒に居ようと言う話になったらしい。
浴衣がどうやら、髪結んでるんだ、だとか色々と話していた所に俺から電話が来たのだと。
「他には何かなかったか?」
後は何をしていたのだろうか、俺が居ない間に先輩と。
「金谷さんから焼きそばをちょっと分けてもらって……それくらいかな」
篠森はあそこで待ってて、俺と合流するまで碌に屋台を回れなかったのか。かき氷を食べて、射的をして。
「他の屋台とか行かなかったのか?」
篠森がふるふると首を横に振る。
「甲斐谷と連絡繋がるの待とうと思ってたし」
下手に動き回れなかったからか。
それ以外にする事がなかった。いや、出来なかったと言うべきか。
「何か……他にやりたかった事なかったか?」
聞いても今更で仕方がないと言うのに。来年はきっと違うだろうに。倉世の記憶がない今年だけの特別だったのに。
「かき氷食べたり、射的やったり、一緒に花火見れたし……楽しかったから」
「そうか」
「でも」
何か、あるのか。
「でも?」
俺は篠森と目を合わせる。
「私も、ちょっとお面買ってみたかったな……って」
俺は左手に持っていたお面を篠森に差し出して「被ってみるか」と提案する。
「え?」
「別に、貰ってくれても良いし」
欲しいのなら。
「良いの?」
「おう」
恐る恐ると受け取って篠森が俺と繋いでいた手を離して、お面を被る。
「どう?」
完全に篠森の顔が隠れて、くぐもった声が聞いてくる。
「完全にユキネコ」
「だよね」
お面の下で篠森がどう言う顔をしてるかは分からない。
「暗いんだから気をつけろよ」
それにお面を被ると思った以上に視界は狭くなるから。こんな暗い場所では余計に危険だ。
俺は篠森の手を取った。
「うん」
篠森はお面を額の横にズラす。
「あ……ありがと」
篠森の声が聞こえた。
「ああ」
もうすぐ篠森の家の前だ。
俺達はゆっくりと手を離す。
「じゃあ、学校でな」
次に篠森に会うのは夏休み明けになるだろう。夏休みが明ければ、いよいよ学園祭に向けての動きが活発になって行く筈だ。
「甲斐谷、またね」
篠森が小さく手を振ってるのが見えて、俺も右手を振り返す。
俺達の勝負も確実に近づいて来てる。




