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第93話 打ち上げ花火

 あと少しで。


「すみません!」


 何度かの謝罪をしながら、人混みの間を通り抜ける。

 

「篠森……!」

 

 篠森が立っていたのは最初に待ち合わせ場所にしていた所。薄い青色の浴衣、白い髪が目に入り、ようやく合流できたと俺は安堵の息を漏らす。

 

「甲斐谷、大丈夫……?」

 

 やっと。

 篠森が俺に駆け足気味に近づいてくる。

 

「大丈夫って……ああ、いや本当に悪かった」

 

 そっちこそ大丈夫だったろうか、と額から垂れてくる汗を拭い深く息を吐き出してから篠森の顔を見る。

 

「やっほー、優希くん」

 

 すると篠森の背後からひょっこりとイカ焼きを口に咥えた金谷先輩が顔を出す。口の周りが少し汚れてる。

 

「先輩、来てたんですね」

 

 イカ焼きを口から離して、先輩が答える。

 

「言ったでしょ〜、行けたら行くって」

 

 先輩は黒の半袖Tシャツにハーフパンツと随分ラフな格好で来たようだ。

 

「どっちか分かんないです」

「うんうん、その通りだね! ま、来れたから来ました〜ってね」

 

 腕を組み、先輩は頷く。

 

「にしても楓ちゃんの浴衣、可愛いね〜」

 

 俺の方に近づいてきた金谷先輩の言葉に「……そうですね」と頷けば、やれやれと言いたげに両肩を上げたのが分かった。

 

「……先輩は浴衣着なかったんですか」

 

 俺の質問に先輩は揶揄う様に「お、期待した?」と顔を見上げてくる。

 

「いや、別に」

 

 俺の返答に先輩が「冗談」と笑い飛ばす。

 

「……ま、色々と忙しくてさ。補講とか補講とか、補講とか!」

 

 イカ焼きを口にしながら話す。

 

「でもお祭りには来たかったからね。で、こうして来たらさ〜、一人の楓ちゃん見つけて……そりゃあもう声かけるしか無いじゃん?」

 

 こんな可愛い子が居たら、と金谷先輩はイカ焼きを食べ切ってから篠森のそばに戻り両肩をギュッと掴んでウインクする。

 

「……動機がナンパと同じなんですが」

 

 俺が言ってやれば篠森が苦笑いする。

 

「ま、何はともあれ優希くんも見つかったし……」

 

 先輩が歩いて行こうとする。

 

「もう行くんですか?」


 先輩に何時に来たのかは知らないが、別にもう少しくらいと思って尋ねる。


「もう八時なるでしょ? 君達と違ってわたしは明日も補講なの。そろそろ帰らないとね。じゃ、またね〜!」

 

 金谷先輩が帰っていくのを見送って、篠森に目を向ける。

 

「え、と……どうする?」

「ああ」

 

 篠森の質問に俺は「花火……」と呟く。

 

「花火、よく見える場所あるんだ」

 

 最初から花火を見ようと思っていた。場所は俺がさっきまで居た神社で良いだろう。あそこには倉世は居ないと思う。

 

「そこに────」

 

 俺と倉世の思い出がなければ、あそこはただの神社でしかない。

 

「行きたい」

 

 俺が言い終わる前に篠森が被せてきた。

 

「……そうか」

 

 俺が先を行こうとして篠森に手を掴まれる。篠森の手はほんのりと冷たく、今はそれが心地いい。柔らかな感触が伝わってくる。

 

「篠森?」

 

 力強く握られている訳ではない。ただ、触れて離れていないと言うのが分かるだけ。

 

「またはぐれたら大変じゃん」

 

 さっき、はぐれたという事もあってだろう。

 

「確かに、な」

 

 俺もはぐれて焦ったのだから、篠森だって同じだった筈だ。俺は少し力を入れて篠森の手を握る。

 触れてるだけでは、不安だ。

 

「篠森、こっちだ」

 

 篠森が無言で握り返してきたのを感じながら、篠森と合流するために来た道を戻っていく。段々と人の波がなくなっていき、神社の階段の前に着く。

 

「足元大丈夫か?」


 一段上り、篠森に聞く。


「うん……平気」

 

 俺と篠森はゆっくりと階段を上り始め、遠くで音が響いた。俺が振り返り夜空を見上げれば、星や月の輝きとは別の鮮やかな光が空に咲いていた。

 

「始まったな」

 

 花火の打ち上げだ。


「開始には間に合わなかったな」

「そうだね」


 俺は空いた左手でスマホを取り出して時間を確かめる。既に八時を過ぎている。神社の鳥居も直ぐ近くに見えた。

 

「甲斐谷、この上?」

「ん、そうだな」

「もう始まってるし……ほら」

 

 篠森が案内役だったはずの俺の手を引いて階段を上る。一番上までついて振り返る。夜空には花火が。さっきから音は連続していた。上がり続けていたのだ。

 

「ここ、よく見えるね」

 

 花火の光はここまで届いて、篠森の顔を照らしている。

 

「……昔に見つけてな」

 

 幼い頃の話だ。

 幼い頃にここで見た花火が綺麗だったのをずっと覚えてる。

 

「良い場所だね」

「ああ」

 

 思い出の場所。

 思い出になった、あの日は……。

 

「…………」

 

 篠森は何も言わずに花火を見上げている。俺の右手を握りながら。俺が微かに動かした手に篠森はビクリと肩を震わせて、俺を見つめてくる。

 

「大丈夫?」

「……悪い悪い」

 

 俺が謝罪を告げた瞬間、今までの中でも一際大きな花火が夜を照らす。


「…………」


 花火が終わり数分、俺たちは余韻に浸っていた。


「甲斐谷」

「ん……?」

「帰ろ?」

「ああ、そうだな」


 篠森が左手を差し伸べてくる。

 俺はその手を取って階段を歩き始める。


「篠森、今日は……」


 ごめん、と言おうと思った。


「楽しかったよ、甲斐谷」


 俺は開いていた口を一度閉じて、別の言葉を口に出す。


「俺も……楽しかったよ」



 

 

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