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第90話 夏祭り

「──よ」

 

 既に周囲は薄暗い。そんな中、俺はお面を完全に顔に被せて待ち合わせ場所に向かった。少しの悪ふざけの気持ちがあった。

 約束の時間よりも少し早く来て、買ったお面。篠森の注文通りに、ゲームのキャラクターの物。

 

「あ、甲斐谷」

 

 当然の様に待っていた篠森は俺の声に振り返り、名前を口にする。

 

「……待たせたか?」

 

 俺は顔を隠すお面を斜め上にズラして、篠森に顔を見せる。

 

「ううん、大丈夫」

 

 視界が狭まっていたし、さっきは遠くからだったが、今、俺の目には完全に浴衣に身を包んだ篠森が映っている。

 

「浴衣……」

 

 少し薄めの青色、花柄が散りばめられた浴衣。女子としては長いというわけではない篠森の髪が今日は後ろで結ばれ、うなじがいつもよりも良く見える。

 

「……うん」

「新鮮だな」

 

 似合ってる、といつも通りに。

 そんな感想を言えば、篠森が「ありがと」と小声で答える。

 

「甲斐谷はいつも通りだ」

 

 篠森は俺の事を上から下へと見ていき、目が合う。

 

「悪いな……いつもと変わらなくて」

 

 風情がないと言われれば否定できない。

 ただ篠森は気にしてないと言う様に、首を横に振る。

 

「あ、でもお面は違うね」

 

 それは、いつもは付けることはないからだろうに。

 篠森がクスクスと笑っていて、俺も同調する様に笑う。

 

「てかお面付けてたのに、よく俺だってすぐ分かったな」

 

 顔が認識できないだけで、誰かを識別する機能は相当下がるだろうに。お面で隠しただけではあっても。

 

「それは、まあ」

 

 篠森が誤魔化す様に視線を逸らした。

 少しだけ、倉世に見つからないように隠し切れるのかが不安になった。

 俺は周囲を見回すが、今の所はそれらしい影は見当たらない。

 

「…………」

 

 とは言え、ここまで来て篠森と合流したのだから。後はもう、なる様にしかならない。

 

「あ、かき氷だって」

 

 篠森の言葉にかき氷の店に視線を移して、俺は「買うか?」と尋ねる。

 

「良い?」

「全然。それに俺も食べたい」

 

 流石に暑い。

 

「わ、結構並んでる」

 

 既にかき氷の屋台には何人もの客が並んでいて、どうにも食べたくなるのは俺達だけじゃないのだと分かる。

 

「色々あるね」

 

 篠森が俺を見上げてきた。

 

「ね、何味にする?」

「俺は……」

 

 どうしようか。

 いちご、メロン、ブルーハワイ、レモン。シロップにも色々あるが。

 

「レモンだな」

 

 一番、味がスッキリしてそうだし。篠森はどうするんだろうか。俺が気になって篠森の方に目を向ければ、直ぐに「私はブルーハワイ」と返ってくる。

 

「ブルーハワイ、か」

 

 どんな味と言えばいいかは分からない、思い出せない。そもそも元々が何なのかも俺には分からない。

 あれは何なんだろうか。

 そんなくだらない事を考えていれば、篠森が俺の服の袖を引く。

 

「順番だよ」

 

 列の割には待ち時間は少ない、俺たちが注文をすると、作り始め直ぐに完成した物が渡される。

 

「ほら、移動するぞ」

 

 ここから少し離れた方が落ち着いて食べられる。と言うか、食べ歩きを人混みの真ん中で出来ない。そんな事をすれば迷惑になるのは当然だ。

 

「うん」

 

 何とか人の波から外れて、裏に回る。

 

「ここなら大丈夫か」

 

 人の通りの邪魔になることもないだろう。篠森がかき氷を食べ始めたのを見て、俺もゆっくりと食べ始める。

 

「篠森、何かやりたい事あるか?」

「射的とか……?」

 

 篠森がそう言ったのは学園祭でやると言うのがあったからか。

 

「やった事なくてさ」

 

 なら、かき氷を食べ終えたら射的をしに行こう。その後は色々と見て回って、打ち上げ花火を何処かで見られたら。

 

「かき氷食べ終わったら、射的しに行こう」

 

 俺はかき氷を一口、口の中に放り込む。

 そうして何度か続けて食べていれば。

 

「ふふ……っ」

 

 篠森が突然に笑い出した。

 俺は口元に運んだかき氷の乗ったプラスチック製のスプーンを持つ右手を止める。

 

「ん……何だ?」

 

 少しずつ食べ進めると篠森は俺を見て「舌、黄色くなってる」と言う。

 

「篠森も舌青いぞ」

 

 これはかき氷の代償という奴だ。

 夏には美味いが、舌の色を変えてしまう。

 篠森は自分の舌の色を確かめるためにか、舌を伸ばしてみるが見えないらしく、大人しく引っ込める。

 

「見えない」

 

 篠森の言葉に頬が緩んだ。

 

「そりゃそうだ」

 

 目の位置的に、どれだけ舌を伸ばそうと見えるなんて事はまず無い。

 

「もしかして、かき氷って別の味食べたら色も混ざるのかな……?」

 

 篠森は自分のかき氷を見つめながら子供の様な疑問を呈する。


「どうだろうな」


 あまり気にしたことは無かったし、試す機会もなかった。俺も少しだけ、その疑問が気になったが、流石にもう一つかき氷を食べようとはならなかった。

 

「食べ終わった?」

「ああ」

 

 俺は空になった紙コップの底を見せる。

 

「じゃ、射的しに行くか」

 

 そこらに設置されているゴミ袋に紙コップを捨て、また屋台のある通りに出る。

 この人混みの中に倉世と三谷光正がいるかもしれない。警戒心を持たなければ、そう考えながらお面に手を伸ばす。


「篠森、こっちだぞ」

「背高いから、この中でも直ぐ見えるんだ」


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