第87話 可能性の考慮
「すみません、ちょっと……」
篠森が一言断ってから、立ち上がり席を外す。
「あ、うん」
先輩の返事を聞いてから、篠森が扉を開いた。
薄暗い室内には俺と金谷先輩だけ。先輩が握っていたマイクをテーブルの上に置いて「よっこいせ……っと」と俺の右隣に腰を下ろした。
「先輩、カラオケとかよく来るんですか?」
「ん? そんなに頻繁には来ないけど、偶にね」
あんまり上手くないけど、と先輩が苦笑いする。
「ほら、バッティングセンターと同じだよ。カラオケもストレス発散には良いでしょ」
確かに身体を動かすのも、こうやって歌うのも精神的には良い物だと思う。一緒に行く相手にも依るんだろうが、俺にとっては負担にならない二人だ。多分、それは先輩もか。
「で、今回はいいんですか?」
「ん?」
毎回、俺に勝ってるかどうか気にしてるのに。
「勝負」
俺が言葉にした瞬間、先輩は笑う。
「フッ、優希くんよ。いつも勝負勝負って……そんなに子供じゃないんだぜ、わたしは」
俺も先輩がそれで良いなら、全く構わない。
「そうですか」
「ま、今回は勝負とか関係なく楽しもうよ、優希くん」
俺がタッチパネルを操作して曲を入れようとすると、先輩に「ちょっと待った」と止められる。
「はい……?」
何だろうか、と思って俺が操作する手を止めて金谷先輩の方に顔を向ける。
「いやね、大した話でもないんだけどさ」
だから、そんなに身構えるとかはしなくとも良いのだと。
「ほら、お盆明けたらさ、夏祭りあるじゃん。楓ちゃんと一緒に行くって聞いてね」
多分、篠森が話したんだろう。
「それで、楽しむのは良いけど……お祭りだよ?」
俺は先輩が何を言いたいのかを即座には理解できなかった。顎先を指で摩り、考えようとして先輩がやれやれと言うような顔をした。
「知ってる? お祭りったらリア充だよ? そこに会長と智世ちゃんも居るってのは可能性としては当然あるし、と言うか大分デカいと思うけど?」
言われてみれば。
「あ」
それは、そうだ。
先輩の言葉はまさしく、その通りで。
「なら、百歩譲って会長にバレるのは良いとして……智世ちゃんにはバレたくないでしょ?」
俺は深々と頷く。
「……なんて言っても、わたしにゃ何もできないけどね〜」
おちゃらけた様に先輩が言う。
「いや、ありがとうございます」
完全にその可能性を考慮してなかった。
ならどうやって対策をするかとなれば、俺が気をつけると言うのと、最低限にはなるが顔を隠すくらいしか思いつかない。
「…………」
それで、誤魔化せるだろうか。
いや……気をつければ、問題はないか。
「お、なんか思い付いた?」
「そう、ですね」
「へ〜……それ、大丈夫そ?」
正直、篠森と出かける機会を捨てるのもと言う話だ。人も多い中で顔を隠せば、他人に興味もない限りは大抵気がつかない。
まあ、そこに関しては問題がない気がしてきた。今の倉世ならば。
「まあ……はい。何とかします」
あとは、俺次第という事になる。
だから、何とかする。
「そっか。まあ楽しんできなよ」
「先輩は行かないんですか?」
先輩は「ん? いや、行くかもね」なんて言って、カラオケ機器の画面を弄り始める。
「先輩?」
順番的に俺じゃないか、と思いながら呼びかけるが「大丈夫だって。優希くんも知ってると思うよ?」とデュエットの誘い。
ただ、その曲を探すのに手間取っているのか「あれ〜?」と呟いてる。
「あの、金谷先輩は祭りには……」
俺はさっきの質問の答えを探ろうと、同じ質問をする。
「気が向いたら〜、かな? まあ、だから確定じゃないって感じ。行けたら行くぜってね」
結局、曖昧だったのには変わりない。これ以上は気にしても仕方がない。
「おっ……見つかった、ほら知ってるでしょ?」
入れられた曲名を見て納得した。
「そうですね」
俺もマイクを手に取って立ち上がる。
某日、俺が先輩と遊んだカードゲームのアニメオープニング曲。カラオケにもアニメ映像があったらしい。
「……戻りました」
そっと扉を開き、篠森が部屋の中に戻ってくる。俺と先輩は歌っている途中に一瞬止めて、篠森に一度目を向けて。
俺も先輩もまた直ぐに歌い出す。
「────あ、ごめんね」
俺たちが歌い終えてソファに腰を下ろすと篠森が申し訳なさそうに謝罪を告げる。
「ん?」
何のことを言っているんだろうか。
「タイミング悪くて」
それに関しては仕方ないだろうに。
「全然! こんなので文句とかないからさ!」
先輩のマイクの電源が落ちてなかったのか声が大きく響く。
「ほら、楓ちゃんも」
先輩がそう言ってマイクを差し出すが、篠森は「私は二人が歌ってるの見てるだけでも……」と、やんわりと断る。
「そっか」
先輩が悩む様な顔を見せてから「じゃ、仕方ないね」と受け入れることにしたらしい。自分の歌う曲を入れる。
正直、篠森の歌を聴いてみたかったが、無理強いして嫌われたくはない。
「……ま、別にな」
篠森も楽しそうに笑っていて、それで俺がどうこう言うのは違うだろう。先輩の歌を聞きながら、俺は次に何を歌おうかと考える。




