第79話 昼を済ませば
「篠森、悪い」
カウンター横で俺が会計を終えるのを待っていた篠森に声を掛ける。
「ううん、大丈夫」
「篠森は良かったのか?」
何も買わなくて。
「まあ、うん。やっぱり高かったからさ」
「……ああ、そうだな」
俺は苦笑いしてしまった。
「でも、甲斐谷にやらせて貰うから」
「明日、な」
「うん。よろしく」
俺と篠森はゲームショップから出る。
結局、篠森は何も買うことはなかった。
ゲームが出来る環境を整えるには、やはりお金が必要であるというのがあったからだ。
ゲームを見るだけでは、一時間以上は過ごせない。何かを遊ぶわけでもないのだし。
仕方がない。
「…………」
篠森にしてみれば、特に何かがあった訳ではなかっただろう。ただ、俺には収穫があった。
「お昼、どこにする?」
篠森に聞かれて「この辺りにラーメン屋があるんだけど」とラーメン屋のある方向に目を向けてから。
「そこで良いか?」
篠森の方に、顔を向け直す。
「うん。じゃあ、そこ行こ」
篠森はリュックを背負い直して歩き出そうとして、ふと立ち止まった。篠森の目はゲームショップ前に並ぶ自動販売機に向けられている。
「買ってくか?」
篠森が少しばかり申し訳なさそうな顔をしながらリュックを開いた。
「うん……ごめん。喉渇いちゃって」
ちょっと待っててと。
篠森は財布から小銭を取り出してコーラを一つ。ガコン、と落ちてきたペットボトルを屈んで手に取った。
「ん、俺も買う」
俺は持ちっぱなしのままの財布から小銭を取り出して、指先で押し出す様にして自販機の投入口に入れていく。緑のランプが光る。
俺は迷わずに右腕を上げて、ボタンを押した。
「よ……っと」
落ちてきたコーラを取り出してから体勢を戻せば、既に篠森はコーラのキャップを開けて飲み始めている。
「んくっ……」
俺も喉を潤そうと手元をよく見ずに蓋を開けると、瞬間に泡が噴き出した。
「うおっ……!?」
慌てて蓋を閉め直す。
ただ、当然のように溢れた物は戻らない。中身の減ったペットボトルに俺は溜息を吐いてしまう。
「はあ……」
量は五分の一程度が減ったくらいか。なんとなく損してしまった様な感覚だ。俺がチラリと篠森の方を向けば同情する様な笑みを浮かべていた。
「大丈夫?」
正直、精神的な物で別に大きな問題に繋がると言う訳でもない。
「ああ……まあ大丈夫だ」
別にそこまで落ち込む必要がある訳でもないのだ。
ラーメン屋はそこまで遠くにある訳でもない。このゲーム屋から考えても近い場所にある。
俺は少し慎重になってコーラのキャップを開き、ようやく口内に流し込む。
「ねえ、甲斐谷」
篠森の呼ぶ声に俺はコーラを飲むのを止めて、振り向く。
「ん……?」
篠森は何処か寂しげに見える。
「何か、やることなくなっちゃったね……今日」
ペットボトルの蓋を閉めて、俺は篠森の言葉に「……だな」とだけ。
「午後なんだけど……お昼食べたら、もう帰る?」
篠森と目が合った。
「……いや」
それはどうにも勿体ない気がする。折角こうして遊びに出たのだから。ゲームを見に来て、昼を食べて。それで終わりというのも。
ただ、何をするというのは俺には特になく。
「篠森、何か行きたい所とかあるか?」
篠森の行きたい場所を優先させよう。
「え……と」
考え込むような顔をして。
「取り敢えず、ご飯にしよ」
答えを少しだけ先送りにするように。
「分かった」
それにラーメン屋も見えてきた事だ。少しばかり早いような気のする昼食。俺と篠森はラーメン屋の扉を開いて中に入る。
「いらっしゃいませー! 少々お待ちください!」
若い男性の店員に言われて入口近くの椅子に座る。休日昼間、客は少なくない。
「ねえ」
呼ばれて、篠森の方に顔を向ける。
「甲斐谷のお勧めは?」
俺が覚えているのは、と思い出して。
確か。
「塩が美味いんだよ、ここ」
「そうなんだ」
俺と篠森が話していれば店員が「二名様で大丈夫でしょうか?」と声を掛けてくる。
テーブルの用意ができたらしく、俺と篠森は立ち上がって席に向かう。
「甲斐谷、メニュー」
篠森が二人で見れる位置にメニューを置く。覗き込むようにしてメニューを見る。
「決まった?」
「ん、ああ……篠森も決まったか?」
篠森が頷いたのを見て、俺は注文の為に店員を呼ぶ。俺と篠森が注文を言い終えると、戻っていく。
「……あのさ」
店員が戻って行ってから数十秒。
篠森が話を切り出す。
「甲斐谷は行きたい所とか、ない?」
「行きたい所……」
そう言われても中々ピンと来ない。
映画館に行こうとなっても、今観たい様な映画が特にない。
「そう言われるとな……」
他には。
ここの近くでは、喫茶店だとか。
ただラーメンを食べた後で、他の飲食店に入ろうと考えられるだろうか。
「…………」
後は、この辺りと言えば。
「ゲーセン、か……?」
先輩と一緒に入ったゲーセンがこの近くにあるのを思い出した。
「……ゲーセン」
篠森が鸚鵡返しに呟いた。
「じゃあ、ご飯食べたら……ゲーセン、行こ?」
篠森が良いのであれば。
「おう」
午後の予定が決まって数分ほどして、注文したメニューがテーブルに運ばれてくる。




