第78話 一手
玄関で靴を履き、俺はリビングに身体を向ける。
「行ってきます」
父さんと母さんに告げれば「いってらっしゃ〜い」と母さんの声が返ってくる。父さんの方は特に何もないが聞こえているはずだ。
俺は家を出る。俺は今日の集合場所になっている行きつけのゲームショップに向かう。
「…………」
倉世の家の前を通り過ぎようとして、玄関の方に自然と目が向いた。金曜日、倉世は制服を着て何処かへと出かけた。今日は日曜日で出くわすかもしれない。
一瞬、止まりかけた足を動かそうとして扉の開く音が聞こえた。
「……っ」
俺は扉が開き、誰が出てくるかと目を離すことが出来ずに。
「おはよう、優希くん」
現れた姿にホッと胸を撫で下ろす。
「おはようございます、オバさん」
倉世ではなかった事に一瞬で張り詰めた緊張が弛緩した。俺が挨拶を返せばオバさんは「優希くんもお出かけ?」と聞いてくる。
「も……って」
倉世も出かけてるんですか。
俺が確認すると、オバさんは「そうなの」と。
「態々自分でお弁当作ってね」
「…………」
「最近は料理とか聞いてきたから」
そう呟いたオバさんの顔は少しだけ嬉しそうに見えた。記憶が無くなってから開いた距離が縮まった様な。
ただ、娘との微笑ましい思い出だと。そういう話で終わりなのだ。
「そう、ですか」
俺が「あの、オバさんは今何してるんですか?」と聞けば、洗濯を終えて服を干そうとしていたらしく。
扉を開けて俺が通りがかったから声を掛けたのだと。
「ごめんね、呼び止めちゃって」
「あ……いえ、大丈夫です」
オバさんが洗濯カゴを取りに玄関の扉を再度開いた。外に戻ってきたオバさんに俺は会釈してから、また歩き始める。
「…………」
歩いていながらも、疑問がいくつか出てくる。
「別に良いんだよ」
ただ気にしない様に、気にしなくて良いのだと思考の隅に。
三谷光正との間で、今何があろうと。
最後には。
「最後……は」
俺は顔に滲む汗を袖で拭う。
暫く歩いていれば、目的のゲームショップが見えてくる。
ゲームショップ前で俺は足を止めて、スマホで時間を確認する。時刻は九時四一分。
篠森は居るだろうか。
俺はスマホをポケットにしまい込み、辺りを見回す。
「──甲斐谷」
背後から声が聞こえて振り返る。
「おはよ」
黒のタンクトップを着た篠森が立っている。
「今日は早いね」
篠森に「相変わらずだな」と返せば、篠森が微笑む。いつも通りに時間前に来ている篠森に俺は慣れつつあった。
「先にちょっと入っちゃったんだよね」
篠森が俺に申し訳なさそうに言うが、俺は「いや、全然問題ないからな」と返しながら、ゲームショップの中に足を踏み入れる。
スマホの修理に関する広告が貼り出されていたり、ゲームのサンプルが並べられていたりと知っている景色が広がっている。
「あ、そうだ。これ……」
篠森が一つのゲームソフトに向かって歩きはじめてパッケージを手に取る。
「これ、有名な奴だよね」
篠森の手にあるのはシリーズ物の世界的に有名なゲームであり、俺も倉世も良くやっていた。
「その新作だな」
俺もパッケージを手に取る。
「甲斐谷もやってる?」
「ああ……まあ。新作は買ってないけどな」
今作はどうだろうかと思って手に取るが、パッケージではあまり情報が集まらない。棚にそっと戻す。
「そういえばさ……これって、他のゲームのパッケージは何種類かあるけど」
篠森は横に移動して、また別のゲームを手に取る。
「それはゲーム機によって違うんだよ」
内容は同じでも、遊べるゲーム機が違うのだと篠森に説明すると「じゃあ、こっちは一個だけなんだ」と納得した様子で棚に戻す。
「あ、それでこれが本体」
篠森が本体が入ったショーケースを見て、立ち止まる。そのショーケースには中古品と書かれた紙が貼られているのが見えて「新品はこっちか」と新品のあるコーナーに向かおうと歩き出せば、篠森が付いてくる。
「やっぱり高いね」
「……だな」
おいそれと高校生が手を出せる様な値段ではないのは確かだ。俺は限定モデルや新規モデルが並んでいるのを眺める。
「ねえ、甲斐谷」
「ん?」
篠森はゲーム機本体のパッケージが並んでいる横にある物を指差す。
「このSDカードっていうのは?」
「ああ……それは」
俺は篠森の質問に「ゲームのデータダウンロードとか、画像の保存とかで必要なんだよ」と答える。
「そうなんだ」
SDカードに保存されたデータはパソコンにも送れる。
「俺はあんま使った事無いん、だけど……」
可能性が、見えた。
これは。そうだ。
「…………」
データは。
データの確認には。
データなら。
「…………ある、か」
まさか。
「ああ」
気がついた。
纏わりつく様に提示され続けていた、俺の中にある疑問が。
「ねえ、甲斐谷。これって絶対必要?」
「…………」
これだ。
これが。ここ最近、俺を悩ませていた物を打開する一手になるかもしれない。
「甲斐谷?」
呼びかける篠森の声に俺は答えないまま。SDカードを見つめて、自然と自分の顔に笑みが浮かぶのが分かった。
「……ん?」
俺は服の裾を引かれて篠森の方へと顔を向ける。
「大丈夫?」
篠森がしゃがんだ状態で見上げてくる。
「あ……ああ、悪い」




