第75話 揺るがずに
夏の暑さに耐えきれず、逃げる様に俺と篠森は近くのコンビニ入り込んで、飲料コーナーの前に立つ。
「甲斐谷もコーラ、買う?」
言いながら篠森は冷蔵庫を開いてコーラのボトルを一つ取り出す。
「ん、そうだな」
俺が冷蔵庫の扉を押さえていると篠森がもう一本を取り出し、冷蔵庫の前から離れる。俺も扉を押さえていた手を離す。
「ありがとな」
篠森から片方を受け取ってレジに並ぶ。
篠森が会計を終えたのを見て、俺も前に進みレジの前まで進む。
篠森はレジから避けて、ゴミ箱の近くに移動して、俺の会計が終わるのを待っているようだ。
「このままでよろしいでしょうか?」
そんな確認に「はい」と答えて支払いの用意をする。お金を払い、お釣りを受け取って俺はペットボトルを右手に篠森の元に向かう。
「篠森」
篠森はスマホを見ていた。
「あ、甲斐谷」
俺の声に気がついてスマホの電源を消して、顔を上げた。
「ほら、行こ?」
自動ドアが開く。
相変わらずにむわりとした空気が俺たちを包む。俺と篠森はほぼ同時に買ったばかりのコーラのキャップを開き、口内に流し込む。
「ぷ、っは……」
喉を通っていく刺激が心地いい。
ペットボトルから口を離して、息を吐いた。
「ねえ、甲斐谷」
篠森がキャップを閉めてから、俺を呼ぶ。
「ん?」
俺が振り向けば「暑いね」と困った様な顔をしている。
「そうだな」
俺がまた一口とコーラを口に含み、その後にキャップを閉める。
「…………」
また歩き出す。
鳴り響く蝉の声、遮断器の降りた踏切前で立ち止まる。
「篠森」
隣に立つ篠森に目を向けて、呼びかける。篠森は首を傾げて待っている。
「ああ……と」
特に何を話そうと思って声をかけた訳ではなく、掛けた後に話題に迷ってしまう。
そして、何を話そうかと思った挙句口から出たのは「宿題、どこまで終わった?」という物。
「あと三教科だったと思う」
世界史と現代社会、化学。
篠森が残っている教科を挙げていく。やはり、か。俺よりも進んでいるらしい。俺も別にあの日以降、全くやっていないという訳でも無かったのだが。
「甲斐谷は?」
「いや、結構残ってる」
電車が通り過ぎていく。
遮断器が上がってまた歩き始める。
「ほら、金曜日に手伝うからさ」
頼りにさせてもらうな、篠森先生。
俺の言葉に「うん」と篠森が口元を緩ませる。
「私の事……頼ってよ、甲斐谷」
踏切を超えて、篠森が言う。
俺も数歩遅れで踏切を超える。
「……おう」
俺は少しだけ考えてしまう。
今だって俺は直面している問題を口には出来ていないのに。それをまるで勉強でわからない事を聞く様に、とは出来ない。
「なら英語とか、色々教えてもらいたいな」
息を吐き、俺が言えば「……私、あんまり英語得意じゃないんだけど」と篠森は困った様に言う。
「そうなのか?」
篠森は割と全部出来ている様なイメージだったが苦手な教科もあったのか。
「どうしてもって言うなら……」
何とか、と篠森が小さい声で呟くが「いや、無理にとは言わないから」と俺は失笑してしまう。
「そ、そっか……じゃあ」
「まあ、頼りにさせてくれ」
他の宿題なら問題ないのか。
英語も苦手とは言っているが、本当にできないと言う訳でもないんだろう。
「なあ、篠森……逆に俺にも頼ってくれても良いからな、色々と」
俺が出来る限りの事を。
「うん」
「いつでも言ってくれ」
篠森に俺はあまりにも多くを貰い過ぎている。この日常も、優しさも。今までの事を無償の物であると思うには難しい。
「じゃあ、勉強のこととか?」
俺は少しだけ言葉に詰まって「篠森の方が勉強できるだろ?」と返す。
「頼ってくれって、言っておいてなんだが、あんまり力になれないかもな……」
俺が出来る事と言うのが思い浮かばない。篠森は「大丈夫だから」と笑う。
「一緒に居るだけでも楽しいし」
篠森は俺の顔を見ながら言う。俺だって楽しいと思ってる。
それは共通認識なのは変わっていなかったらしい、あの日から。
「そうか」
俺の口から小さな声がこぼれ落ちた。
だったらそれで良いのだと、俺は納得しようと思った。篠森がそう言うなら、と。
「……大丈夫?」
心配そうに俺の顔を覗き込む。
「あ」
声の調子から悟られてしまうのだ。
「悪い悪い」
軽い謝罪をして、上手くできているかもわからない作り笑いを浮かべる。
「大丈夫だから」
俺の返答に篠森も「そう?」と前を向いて歩き出す。
「そうだ」
篠森が思い出した様で、「ゲームの事……」と一言。
「頼りにしてる」
と、俺の目を篠森が上目で見つめてくる。
「はは……」
思わず笑ってしまった。
「ま、そうだな」
頼りにしてくれ、とふざけた様に笑った。篠森も笑っていて、今は良いかと俺は思う事にした。
「それでいつにする?」
俺が聞けば「勉強会が金曜だから」と考え込む様に下を見てから。
「日曜日は、どう?」
また顔を上げた。
「じゃ、日曜日にするか」
俺は特に迷う素振りも見せずに答える。
「うん」
篠森は嬉しそうな顔をしている。
「ありがと」
俺は彼女のその顔を見て、言葉に詰まってしまった。




