第74話 夏の気温に変わりなく
学校に来るのは久し振りな気がする。まだ夏休みが始まって一〇日程が経過したくらいだが。教室には部活があったからか、制服以外の格好をした生徒も何人かいる。
彼らにとってはこうして学校に来るのは、夏休みだとかは特に関係ないのだろう。
「…………」
それに倉世の姿もあった。
夏休みに入ってからと言うもの、倉世の姿を目にする機会はめっきりとなくなっていた。隣人だとしても、まず会う事がない。
倉世に篠森が話しかけるのが見えて、俺はそっと顔を教室の前方中央に向けた。
教壇にはいつの間にか一人の女子生徒が立っていた。
「えーと、まず、皆んな」
グルリと全員を見回した。
「夏休み中に集めて、ごめんね」
教壇に立つ学園祭実行委員の少女が手を合わせて謝罪を一言。
「取り敢えず、射的に決まったんですが、具体的に何を用意するか……と言うのを話し合って決めようと思いまーす」
スクリと男子生徒、もう一人の実行委員が立ち上がり黒板の前に立ち白いチョークを右手に握る。彼は「ん……」と顎で先に進める様にと示した。
「じゃ、まず確定してるのは射的用の鉄砲が何個かかな?」
決まっているものは書かなくて良いと思ったのか黒板前の彼は右腕を下ろしたままだ。
「で、後は射的の台なんだけど……これは一先ず実行委員の方で探します」
彼女がそう言って、もう一人の方を見る。どうにもこの辺りの話は特に行われていなかったのか、Tシャツに学校指定の物ではない半ズボンを履いた彼が「え?」と驚いた。
「ね?」
僅かな圧力を感じる様な声が響く。
「あ」
どんな顔をしているかは分からないが男子生徒の方は短く返事する。
「はい」
必需品である台と銃の方は実行委員が調べるとの事で、後は備品や景品の事。
「あと、何用意するかでアイデアある人居ますか?」
彼女がそう振るが特に挙手する者の姿は見当たらない。こうして振られても特には考えつかないのも仕方ない。
「あ〜……」
一人、野球部のユニフォームを着た生徒が軽く手を挙げて発言の許可を求める。
「あ、斎藤くん。なんかある?」
彼女に名前を呼ばれて、遠慮がちな顔をしながら口を開いた。
「ああ、いや。これどれくらい掛かる? 悪いけど、午後の部活もあるからさ」
集まって意見を募ろうというもので特に時間を決めてはいないのか「あ〜、ごめんね」と謝って、彼女が壁時計を確認する。
時刻は一二時を過ぎ、長針は八を過ぎた。
「……一時くらいかな?」
キリのいい時間は確かにその辺りだろう。
「五〇分には部活に戻るからな、俺」
野球部の彼がそう言ってから「……取り敢えず、何かしらの音楽があった方が良いと思う」と提案を一つ。
黒板に書き込まれていく。
彼も学園祭に協力をしないというつもりはないのだ。しかし、以降は具体的な形が想像ができない物で、アイデアが出てこない。
五〇分になると教室にいた生徒はぞろぞろと午後からの部活に向かい始めた。
「…………」
俺は黒板に書き込まれた文字が消えていくのを見つめる。
「甲斐谷くん」
実行委員の彼女に名前を呼ばれる。
「ん……?」
俺が反応すると「皆んな帰ってるし、もう帰って良いからね」と苦笑いした様な顔で言う。
「ああ……」
俺が周囲を見回すと既に教室には生徒がほとんど残っていない。篠森と倉世も既に教室を出ているらしい。
改めて時計を見れば一時を僅かに過ぎているのが確認できた。
「特に何も出せなくて悪い、今日はもう帰るな」
一言謝罪をすると「あー、大丈夫大丈夫。こうなるのも予想出来てたから」と気にしてないと言う様に彼女は笑い飛ばす。
「今日はありがとね」
「いや、別に」
予定はなかったし、そもそもで俺は感謝される様な事は出来ていない。
俺が立ち上がって廊下に向かって歩き、扉を開く。廊下に出ると篠森が壁に寄りかかって待っていた。
「……篠森」
俺は篠森の方へと近づき、名前を呼ぶ。
「ん、甲斐谷」
とん、と壁から離れて篠森が俺の顔を見上げる。
「帰ろ」
普段通りの言葉に、俺もいつもと同じに返して、廊下を歩き始めた。
「おう」
俺は階段を降りながら、隣にいる篠森を見る。どうにも今日もリュックを持ってきたらしい。
「どうする?」
時間はまだ昼だ。時間には余裕がある。
篠森に聞くと「どうしよっか」と返ってくる。
「じゃあ、勉強会……とか?」
そう言いながら篠森が俺を見る。俺は申し訳なく思いながら両腕を上げた。
「ああ……悪い、今日はスマホと財布以外持って来てないんだ」
篠森が笑う。
「そっか。じゃあ無理だね」
俺はそう言えばと思い出して「なあ、次の勉強会の事なんだけどな」と切り出す。
「いつにする?」
俺の質問に少しだけ篠森は考え込む様な顔をした。
「金曜日、大丈夫?」
俺は問題ないと答えると、篠森は金曜日ねと確認にもう一度呟いた。
「今日はもう帰るか?」
特にする事もないのだから。
「そうだね」
靴を履き替え、外に出る。
曇り空だ。
太陽は隠れてしまっているが、夏の気温に変わりはない。帰り道を歩いていれば汗が滲み始めた。
「……暑っつ」
俺は額に滲む汗を拭う。
「ん……」
隣の篠森にチラリと目を向ければ、小さな息を吐き、制服の襟をパタパタと小さく動かし風を送り込んでいた。




