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第73話 バッティングセンター初心者の戦い

 

 バスン、とボールが壁に当たる。

 球速は一〇〇キロ。先輩のバッドが空を切る。

 

「……あれー?」

 

 先輩が後方で転がるボールを見下ろしながら、不思議そうに首を傾げた。

 今の所、前に飛んだボールはほとんどない。何球かはバットに当たっているが、横に弾けている。

 

「おりゃ!」

 

 先輩はブゥン、とバットを勢いよく振る。

 また盛大に空振り、金谷先輩の制服のスカートがはためいた。

 

「くっそぉ! ちょっと、優希くん!」

 

 球が飛んでこないのを確認して先輩がバッターボックスから出てくる。

 

「全然当たらないんだけど!」

 

 ストレス発散で来たはずが、思った以上の当たらなさに先輩が憤りを見せる。

 

「いや。あんな豪快なスイングで当てれませんって」

 

 初心者なんだから。

 

「え〜、ホームラン狙ってるのに」

 

 当たらなければホームランも何もないが、先輩の狙いが大きすぎる。ステップアップという考えはないのだろうか。

 

「あの……金谷さん」

 

 篠森が金谷先輩に声をかける。

 

「次、大丈夫ですか?」

 

 篠森が先輩に話しかける。金谷先輩は「あ、大丈夫だよ」と頷くと、扉を開いて中に入り機械にコイン入れてバッターボックスに立つ。

 先輩の時とは違い、カキンと気味の良い音が鳴り響く。

 

「結構上手いな……篠森」

 

 先輩とは違ってしっかりとバットにボールが当たっている。先輩は篠森の動きを見てから「へ〜、成る程ね」と呟く。

 

「どうしたんですか?」

 

 篠森の動きから金谷先輩は何かが分かったのか、ウンウンと小さく首を振る。

 

「ああやると良いのかぁ」

 

 納得した様だ。

 

「そうですよ。金谷先輩、甲子園のバッター意識しすぎなんですって」

 

 俺が言うと「ん〜、ちょっと楓ちゃんに打ち方とか聞いてみるかな」と腰に手を当てながら、篠森の方を見る。

 

「それと、優希くんのも参考にさせてもらおうか」

 

 篠森の順番が終わった様で先輩が俺の方を見て言う。多分、俺があまり上手くないのを見て笑ってやろうと言う思いもあるのではなかろうか。

 

「…………」

 

 正直、俺も野球をあまり知らないし、得意というわけでもない。テレビで見る程度でやった事はほとんどない。

 

「初めてなんだけどな、俺も」

 

 バッティングセンターに来るのは。

 バットを右手で持ってコインを機械に投入する。球速は変わらず一〇〇キロ。初球、バットを振るが空振り。

 

「……なんか思ったより遅いな」

 

 ワンテンポ遅くしてバットを振る。何とかバットにボールが当たり、前に鋭く飛んでいく。

 

「お〜! 優希くんカッコいい!」

 

 先輩の言葉に三球目のバットを振るタイミングがズレる。

 

「……金谷先輩」

 

 俺が金谷先輩に目を向ける。彼女はニコニコと笑っている。多分、この人は俺のペースを乱そうとしている。

 

「ほら、次の球来るよ〜」

 

 先輩の声に気を取り直してバットを振るがタイミングが合わない。その後は何本か当たりはする物の良い当たりだとは言えない。

 俺がバットを戻して扉を開き戻ってきて、先輩と篠森を見る。

 

「お、優希くん。ふっふっふ、進化したわたしの力見せて上げよう」

 

 先輩は既に勝ちを確信した様な顔でバッターボックスに入っていく。

 

「……よっ、と」

 

 篠森の隣の丸椅子に腰を下ろす。

 

「先輩、どうしたんだ?」

 

 進化したとはどう言う事か。

 一体全体、俺がやっている間に何をしていたのか。

 篠森は「打ち方、聞いてきたから。ちょっとだけ……」と。それで先輩は上手くなったつもりらしい。一朝一夕で上手くなる物でもないだろうが。

 

「おりゃー!」

 

 カキン、とバットとボールがぶつかる音が響いて、俺と篠森は先輩の方に目を奪われる。


「お」


 俺の口から驚きで声が飛び出た。

 

「当たった! 当たった! 前に飛んだよ! 楓ちゃん!」

 

 先輩が感動に篠森に振り返り伝えてくる。バスン、と次の球が壁に当たる。

 

「先輩、まだ続いてますよ!」

「おわわっ……!?」

 

 俺の言葉に先輩が気を取り直してバットをまた振るう。少しずつ先輩もボールを捕らえる様になっていく。

 

「ふ〜、どう楓ちゃん! 優希くんとどっちが打ててた!?」

 

 俺も篠森の方を見る。

 

「え……と、甲斐谷の方が多かったですね」

 

 しっかりと数えていたのか。

 

「クソ〜! また勝てなかった〜!」

 

 先輩は悔しがる。それほど俺に勝ちたかったのか。今までも散々と先輩にゲームで勝ってきたのが原因の一つなのかもしれない。

 

「はあ〜、でもちょっとスッキリした。二人はまだ打つ?」

 

 俺はもう良いが、篠森はどうだろうかと顔を見ると彼女は首を横に振る。

 

「そっか」

 

 先輩が「今日もありがとね。息抜きに付き合ってくれて」と言う。

 

「じゃあ、ここで解散……って、わたしが勝手に声掛けただけか。じゃあね〜!」

 

 先輩がバッティングセンターから離れていくのを見送る。


「甲斐谷、私たちも帰る?」

「そうだな」


 俺も篠森と帰り道を歩き始める。時刻は既に五時を過ぎている。


「どっか寄ってくか?」


 篠森が「今日は良いかな」と答える。


「じゃ、真っ直ぐ帰るか」


 とは言う物の、結局俺はいつもの様に篠森を家まで送っていくのだ。真っ直ぐ帰るのは篠森だけだ、と内心で漏らして。


「うん」


 ふと、俺の顔が綻んだ。


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