第71話 次の予定
「…………」
カリカリとペンの走る音が響く。それと時折に呼吸音。図書館はやはり静かで、勉強や読書に適した空間なのだと改めて思う。
それに。
俺は目の前に座っているグレーのTシャツを着た篠森を見る。右手で白の髪を右耳にかけ、視線は問題集に向いたまま変わらず。
「ふぅ……」
目の前の篠森が頑張っているのだから、俺も集中して続けようと一呼吸吐く。
視線を下に戻して止まっていた手と頭を動かす。時折に詰まりながらも、解き進めていく。
俺の手がピタリと止まった。
ただ視線は下に向いたままだ。俺は問題文を見つめていた。
「大丈夫、甲斐谷……?」
俺が解けない問題の前で考え込んでいるのを見たからか、篠森は声を掛けてくる。
俺は顔を上げて、篠森を見る。
「ん? ああ、いやちょっとな」
どの道、答えを見れば解き方は分かるのだ。解き方を理解するまでに多少の時間は掛かるだろうが。
「教えてあげよっか」
篠森からの提案は正直嬉しかった。
「いいのか?」
俺が確認すると立ち上がって、俺の隣に移動してくる。距離的にも、向き的にもこちらの方が教えやすいのだろう。
「この問題は────」
そして、そのまま俺の手元を見て解き方を説明し始める。
「ここは前の問題で使った、この公式使って……」
テスト前に色々と教えてもらった時から分かっていたが、やはり、篠森の教え方は分かりやすい。
「ああ、成る程……」
俺の質問に理解できる様に彼女なりに噛み砕いて答えてくれる。どうしてこの公式を使うのかだとか、何を求めるのかと。
「それ、で……こう、か?」
「うん。で、後は」
行き詰まっていた問題が解けた。
俺はシャーペンを机に置いて、篠森に礼を言う。
「篠森、ありがとな」
振り向くと、思った以上に篠森の顔が近くにあり、俺は驚いた。
「ぁ」
そんな小さな声が目の前で聞こえたかと思えば、すぐに篠森は身を引いて俺から距離を取る。
「……だぃじょぶ」
斜め下を見て、首裏を押さえながら篠森が言う。
「そうか……?」
なら、良いんだが。
篠森が元々座っていた場所に戻る。
俺は今しがた終わった数学の課題を閉じる。時間としては昼になった程。課題が終わったと言う点でも、時間的な観点からもキリが良い。
「……篠森、そろそろ昼にするか?」
篠森もキリが良ければと言う話だが。
「うん」
篠森が俺の正面に戻り、一先ずの片付けを始める。
「篠森はどこまで終わった」
俺が確認すると「数学の課題が終わった所」と答える。俺と同じ進み具合だった様だ。
「後は午後かな」
篠森がいつものリュックにノートを詰め込んで立ち上がったのを見て、俺も鞄を持見上げ腰を上げる。
「じゃあ、まあ。いつもんところだな」
図書館の廊下を歩きながら俺が言うと、篠森もフフと「うん、いつものね」と笑う。
図書館を出て、篠森は「そう言えば」と思い出した様に。
「学園祭の連絡、来たね」
俺も思い出した。
それと同時に、俺の悩み事も。
「甲斐谷?」
篠森が呼ぶ。
「いや、何でもない」
俺は直ぐに誤魔化した。
「そう……?」
何かがあるのだと篠森には悟られているのだろうと思う。
「ああ」
俺が短く返すと、篠森は不安そうな顔で見上げてくる。
「ほら、昼にしようぜ」
そう言ってファミレスの扉を開く。
話してしまった方がよかったのだろうか。篠森は頼っても良いと言ってくれているのだから。
「…………」
そうは言っても。
俺は一緒に居られるだけでも、それに今まででも助けられている。篠森にも、金谷先輩にも。
だから、何となく遠慮してしまう。
「篠森、決まったか?」
メニューを見る篠森に俺が尋ねる。
「もうちょっと待って」
何やら悩んでいる様で、俺はスマホを取り出して篠森のメニューが決まるまで待つ。
「これ、かな」
篠森が決まったらしく、メニュー表を指差す。スマホをポケットにしまい込む。
「ん、じゃあ呼ぶぞ」
俺がボタンを押すと店員がやってきてメニューを伝える。
「ドリンクバー、持ってくるな。コーラでいいか?」
「うん」
いつも通りに。
俺は席から立ち上がり、コーラを汲んで戻ってくる。
「ほら、篠森」
篠森は俺が戻ってきてコーラを差し出したのを見て「ありがとう」と言って、コップを受け取る。
「あのさ……甲斐谷」
俺が椅子に座ったのを確認して、篠森は名前を呼んで切り出す。
「ん?」
少しの間の沈黙を篠森の声が破いた。
「前にさ……ゲーム、やろっかなって言ったじゃん」
「ああ、そう言えば」
俺が思い出して頷く。
「おすすめのゲームとか教えてくれたしさ」
色々と話した事があった。
「今度さ、ゲーム……見に行きたいかな」
篠森が言った今度という言葉に、疑問が俺の口からついて出た。
「今日じゃダメなのか?」
俺が質問すると「取り敢えず、今日は宿題頑張ろ」とのこと。
「……まあ、篠森が言うなら」
俺だけの都合では無いのだから。
彼女の誘いに応える事を前提として「じゃあ、いつにするか後で教えてくれ。俺は空いてるから」と告げる。
「うん」
決まったら連絡する、と一言。篠森はコーラを口にする。
「お待たせいたしました」
料理が運ばれてきた。
俺達は「いただきます」と挨拶をしてから、昼を食べ始める。




