第65話 着慣れぬ水着
電車を降りて駅を出る。
潮のにおいが鼻を通る。海の近くの駅だからだろうか。
「着いたー!」
俺の右隣で先輩が大きな声を上げた。
今日は天気も良く、海水浴日和と言う物だ。先輩のテンションも高くなっている。
「ほら、海行こ、海!」
先輩が一足先に行ってしまう。
「ちょ、先輩……!」
俺も置いて行かれないようにと。
「ほら、篠森。行こうぜ」
「うん」
篠森と一緒に金谷先輩の背を追いかけて歩き始める。少し先に行ってしまった先輩の背はまだ見失っていない。
「結構色々あるんだね」
海までは普通の街と変わらない。レストランもホテルもある。いや、それはむしろこの海があるからなのだろうか。
「お土産とか、どっかで買って帰ろうかな」
そう言えば、水族館に行った時は買わなかった。だからと言って母さんも文句は言わなかったか。どの道、今回も期待してないだろうが。
「そうするか」
買って帰るのも悪くないだろう。
俺は篠森に向かって答える。
「甲斐谷、朝の事なんだけど……」
篠森に言われて、俺はすぐに思い当たった。俺が倉世の話題を振った事。その後の俺の反応が篠森に心配を覚えさせた。
今は俺と篠森の二人だけで、先輩がいないから彼女は切り出したのだろう。
「大丈夫なの?」
俺を覗き込んでくる。
「大丈夫だって。何ともないから」
俺の答え方に篠森は誤魔化していると思ったのかもしれない。それでも、俺はこの事を話すつもりはなかった。
「…………」
何か言いたげな顔をするが、俺は海の方を右手で指差す。
「ほら、海見えてきたぞ。先輩も待ってるからな」
海に向かって歩き出すと、俺の服の裾を掴んで篠森が「私、居るからさ……頼ってよ」と見上げながら言う。
「ありがとな、いつも。でも今は大丈夫だから」
俺は篠森に向き直って言う。
「うん」
篠森が頷いたのを見て、俺たちはまた歩き出す。海の家近くまで来ると先輩が両手を腰の位置に当て、仁王立ちして待っていた。
「何してたんだ〜! 二人だけで」
そこまで待たせた覚えはなかったが、俺と篠森が謝ると先輩は直ぐに冗談だと言う様に顔を綻ばせ、「お土産は買ってないだろうな〜?」と訊ねてくる。
「買ってないですって」
俺の答えにまた演技臭く大きく頷く。
「うんうん。なら良いんだよ。お土産買うなら、わたしも混ぜてね?」
先輩がそう言ってから篠森に顔を向ける。
「じゃ、水着に着替えに行こっか」
先輩が俺と篠森を先導して更衣室まで案内する。どうにも俺たちが来る間に更衣室の位置を調べたらしい。
「じゃ、優希くん。また後で〜」
と、篠森と一緒に女子更衣室に向かっていった。どことなく、楽しそうな顔をしていた様に見えたが、何だろうか。
「まあ、さっさと着替えるか」
俺は服を脱ぎ水着に着替え、今日、上に着てきたパーカーを適当に羽織る。海といえば、ラッシュガードという物があるらしいが生憎と俺は持っていない。
更衣室を出て、暫く待っていると先輩と篠森の声が聞こえた。
「お待たせ〜! 優希くん!」
先輩が篠森の背中を押しながらやって来る。篠森は恥ずかしがっているのか。自分の足では中々進もうとしていない。
「ほらほら、楓ちゃん! せっかく買ったんだしさ!」
少しずつ二人が近づいて来る。
「そ、の……そう……です、けど」
ラッシュガードが篠森の上半身を隠している。
「似合ってるんだから自信持ってって」
「でも……」
先輩は黒いビキニタイプの水着を恥ずかしげもなく晒していて、反応が対照的だ。
「篠森……大丈夫か?」
俺が心配になって声をかけると、篠森は「だ、大丈夫」と答える。
先輩が耳元で何かを囁くと、篠森は顔を俯かせ、次の瞬間にラッシュガードを脱がされてしまう。
「あ……」
心許なさを感じさせる声が篠森の口から溢れ落ちた。
「どうだ、優希くん!」
俺の目に、ヒラヒラとした白い水着を身につけた篠森がいつもの癖で首裏を押さえながら立っているのが見える。
「甲斐谷……?」
「どうどう?」
どうかと言われて。
「……似合ってますよ」
俺はそう答えるだけだった。
それ以上の言葉を俺には直ぐには用意できなかった。
「反応、薄っすー」
先輩が苦笑いする。
「取り敢えず、金谷先輩。篠森に上着返してやってください」
俺が言うと先輩は「もうちょっと見てても良かったのに、ねー?」と言いながらも素直に篠森にラッシュガードを返す。
「まあ、良いや。けど、折角海に来るまで内緒にしてたのになぁ〜」
篠森はラッシュガードのチャックを上げながら、小さく笑う。
「篠森、海に行く前までの予定ってのは……」
俺の確認に頷く。
どうにも先輩と一緒に水着を買いに行くと言うのがその予定の事だったらしい。
「そう言う事か」
「甲斐谷、ごめん」
謝る必要はないだろうに。
「全然大丈夫だから。……さっきも言ったけど、篠森。似合ってるぞ」
俺はまた篠森に向けてそう言うと「……ぁりがと」と小さな声が返ってきた。
「まあ、優希くんもちゃんと着替え終わった見たいだし浜辺に繰り出そう!」
先輩が俺たちの背中を叩いて追い抜いた。
「ねえ、倉世だったらさ」
俺の顔を見つめて。
「もっと……」
篠森は問いかける。
「嬉しかった?」




