第64話 海が見えるまで
駅前で俺と篠森は先輩の到着を待っていた。待ち合わせの時間よりも一〇分も早く俺と篠森は到着していた。
「お待たせ〜!」
待ち合わせの五分前になると先輩が走って俺たちの方に向かってくる。
「二人とも早くない……? わたし、時間通りに来たんだけどな〜」
先輩がスマホを見て、困った様に笑う。
「取り敢えず、二人ともおはよ!」
俺たちも先輩に「おはようございます」と挨拶を返す。
「荷物、結構ありますね」
先輩はリュックを背中に背負っているが、それだけには収まりきらなかったのか。
「そうだね。パラソル無いにしても、こんなになっちゃったよ。あ、優希くん」
俺の方を見て先輩が言う。
「ちゃんと水着持ってきた?」
「それは、まあ……」
言われたのだし持ってくるのは当然だ。俺が答えると先輩は笑う。
「じゃあ、しゅっぱーつ!」
先輩に背中を押されて駅内に篠森と階段を上る。改札に向かおうとして先輩が「二人とも、待って……!」と呼び止める。
「ごめん、ちょっとチャージさせて」
先輩がカードを右手に取り出しながら言う。仕方がない。俺たちもこの間に水族館に出かけた時はそうだったのだから。
「分かりました」
俺は篠森と話して、先輩がチャージを終えるのを待つことにする。
「……篠森、倉世とは夏休み遊ばないのか?」
俺はそう尋ねる。
オジさんと話していて、倉世の家での様子について聞いたからか。篠森とはどんな物かが気になってしまった。よく話しているのは見かけるが。
「今のところは、特に」
篠森の答えに俺は「そうか」と返す。
「どうして?」
「……ちょっと、気になってさ。倉世と仲良くやってるかって」
俺が聞けば篠森は「仲良くやってる」と笑いながら言う。
「心配しなくて大丈夫だから」
「いや……悪い悪い」
篠森は倉世と仲良くしている。
なら良い。それで良い。
倉世の記憶がなくなっても。
篠森は、俺とは違って。
「甲斐谷……?」
篠森が心配そうに俺を見つめてきた。
「ああ……」
倉世と。
「二人とも〜、ごめんね。やっとチャージ終わった!」
先輩が戻ってくる。
時間にしては数分程。
俺はふぅ、と息を吐いた。
「大丈夫です。そんなに待ってないんで」
気にしないでください。
寧ろ、俺としては助かった様な気分だった。先輩が「じゃ、気を取り直して」と改札に向かって進む。
「行こっか」
改札を抜けて、階段を降り電車に乗り込む。席は埋まっている様で以前と同じように立ちっぱなし。ただ、篠森と水族館に出かけた時ほど混み合ってはいない。
「先輩、荷物持ちましょうか?」
俺が聞けば先輩は「いいの? よろしくね」と俺に腕に下げていた鞄を手渡して来る。重さはそこまででもない。
「これ、何入ってるんですか?」
「着替えとか、あとサンダルに浮き輪だね」
だからか。
あまり重たい感じはしなかった。
「スイカは持ってこなかったんですね」
俺は篠森の顔をチラリと見ると、クスリと笑っているのが見えた。
「いや〜、持ってこようと思ったんだけどね?」
どうにもスイカ割りをするにはそれなりの大きさが必要で、それを電車内に持ち込むのは憚られたとの事。
「ああ」
篠森も納得の声を漏らした。
「楽しみにしてた所悪いんだけどね」
先輩は態とらしく笑って、大して悪いとも思っていないように。
「まあまあ、それに海の楽しみはスイカ割りだけじゃないからさ」
「そうですね」
先輩の言う通りで、スイカ割りというのは楽しみ方の一つというだけだ。
「先輩」
俺は楽しみという言葉に思い出した事が一つ。
「ん?」
そういえば、と俺は切り出す。
「楽しみにしてろよって言ってましたよね?」
「あー、言ったね」
しっかりと覚えていたらしい。
「あれ、どういう事なんですか?」
先輩が右手の人差し指を立てて横に振る。
「ノンノン……優希くん」
俺が聞けば先輩は「もう少し待ちなって」と俺に告げる。
「海に着けば分かるからさ」
企む様な顔。
「……分かりました」
先輩は俺には答える気がないのだろう。
俺もそれを無理矢理聞き出す気にもならない。そんな事を先輩にしなくていい。
「そだそだ。そういえば優希くんと楓ちゃんのクラスって射的になったよね」
俺が掃除の時の話を持ち出したから、その時に話していた学園祭の話を先輩は思い出したのか。
「脱出ゲーム、他のクラスに取られちゃったね」
先輩は生徒会だから既に把握しているのか。
「そうですね」
「優希くんは射的で良かったの?」
良かったのも何も。
「俺に選ぶ権利なんてないですよ」
その日は抜け出すかもしれないのだから。
俺が答えれば先輩が笑う。
「そうかな? 優希くんも生徒なんだし、それくらいの権利はあると思うけどな〜」
俺は「そうですかね」と曖昧に答えると、先輩は頷く。
「楓ちゃんは? 他にやりたかった事とかは?」
「私は、特には……」
標的は俺から篠森に変わった様で、学園祭の話で盛り上がる事しばらく。
先輩の目が窓の外に向いた。
「あ」
先輩の声がして、俺は顔を向ける。
「海、見えてきたよ!」
先輩の言葉に視線の先を追いかける。窓の外に海が広がっている。




