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第62話 留めの言葉

 夏休み初日。

 二日後に先輩の誘いを控えた日。俺は特にする事もない。篠森は別件の予定があると言う事で遊びには誘えない。

 

「……あ、死んだ」

 

 ゲームオーバーの画面を眺めて呟く。

 俺はリモコンを置いてぐっと背を伸ばす。

 

「んっ……と」

 

 なんとはなしにスマホを拾い画面を見るが通知は何一つとしてない。先輩と俺と篠森のグループチャットにも、一応は参加しているクラスのグループにも。

 

「来てないか」

 

 今日明日あたりには先輩から何かしらの連絡が来るだろう。クラスの方はどうだろうか。いや、考えても仕方がないか。

 スマホを横に置く。

 

「優希ー!」

 

 母さんに呼ばれて、俺はゲームをセーブして電源を切って階段を降りる。

 

「はーい」

 

 モップを掛ける手を少し止めて、母さんは降りてきた俺の方に顔を上げる。少ししてドタドタともう一つ階段を降りてくる音が聞こえた。

 

「……ふぁああ、おぁよ」

 

 父さんが欠伸をして目尻に小さく涙を溜めながら俺と母さんに言う。

 

「あれ、お父さん起きちゃった?」

 

 母さんがスマホを確認して時間を確かめる。俺も先程スマホを見ていたから分かるが、時刻はまだ一〇時になっていない。

 九時を少し過ぎたくらいだ。

 

「トイレ……」

 

 俺は父さんの通り道を開くとノソノソとトイレに向かう。

 

「……起こしちゃったみたいね。まあ良いや。で、優希、今日は暇でしょ?」

「まあ」

 

 ゲームをするくらいしかなかったのだから、忙しいと言うのは嘘だろう。

 

「ちょっとお使いお願いね。バターとポン酢買ってきて」

 

 俺は母さんに言われた物を覚える。

 バターとポン酢。バターと、ポン酢。

 

「……分かった」

 

 俺は自分の部屋に戻って、外に出る為に適当に白いTシャツに着替え、下には黒のスウェットパンツを履き、財布を右手に、階段を降り玄関で靴を履く。

 丁度、父さんがトイレから戻ってきた様だ。

 

「あ、優希。すまん。出来ればで良いんだが、缶コーヒーも買ってきてくれ……ふぁあ」

「了解」

 

 追加で缶コーヒー。

 飲みたい気分にでもなったのか。

 俺は靴を履いて扉を開き、家を出て直ぐにスマホを見るが、やはり何もない。

 

「…………」

 

 倉世の家の前を通り際に見る。

 直ぐに進む方向に目を戻す。

 目的地はスーパーだ。バターとポン酢に、缶コーヒー。忘れたなら電話をして聞けば良い。

 缶コーヒーの優先度は低くていいだろう。

 

「ん?」

 

 スマホがポケットで震える。

 誰かからの連絡だろうか。母さんが俺に何かを伝え忘れていたか。それともグループチャットで何かがあったか。

 通知を見るが、使用状況のレポートが表示されるだけだ。俺は息を短く吐いて、スマホを直ぐにポケットにしまい込んだ。

 

「いらっしゃいませー」

 

 店内に入ると、外よりも涼しさを感じる。空調が効いているのか。特に冷蔵コーナーは一段と涼しさを感じる。

 俺もどこに何があるのか大凡で位置は知っている。

 ポン酢を選んで、近さ的には次に父さんの言っていた缶コーヒーの方が近いか。

 

「……どれでも良いんだよな」

 

 缶コーヒーには色々と種類がある。

 正直、俺は父さんがいつもどれを飲んでいるのかは分からない。

 

「あれ、優希くん?」

 

 聞こえた声に俺は伸ばしかけていた手を止めて顔を上げる。

 

「おはようございます、オジさん」

「おはよう。優希くんは……お遣い?」

「はい。オジさんは?」

「まあ、僕も似た様な物かな」

 

 オジさんの場合は単純に買い物といってもいいだろうに。

 

「それで何を買いに来たんだい?」

「あ、俺はバターとポン酢を。後、父さんに缶コーヒー頼まれて」

「缶コーヒー、ね」

 

 オジさんは「だったらこれが美味しいよ」と直ぐ近くの物を指差す。

 

「まあ、僕の好みなんだけどさ」

 

 オジさんは「あ、後、卵頼まれてたんだ」と卵を取りに行ってしまった。俺はオジさんが指差した物を買い物かごに入れてから、乳製品のコーナーに向かいバターを探す。

 

「ま、多い方で良いか」

 

 少ない物を買うよりも、だ。どうせ母さんなら使い切るだろう、問題ない。頼まれた物はこの程度だ。後は別に買う必要があるという物はない。

 俺はレジに並び会計を終えて、レジ袋に詰めようと手を動かす。

 

「優希くん」

 

 オジさんは既に買い物を終えていた様で俺に話しかけてくる。

 

「はい?」

「この後は予定とかある?」

 

 バターとポン酢、缶コーヒーを適当に詰めて袋を右手に持つ。

 

「いえ、特には……」

「じゃあ、僕が家まで送ってくよ」

「あ。ありがとうございます」

 

 俺はオジさんに従って車の助手席に乗り込む。オジさんはエンジンを作動させる。こうしてオジさんと二人きりで話すと言うのは中々ない。しかも車という狭い空間だ。俺は僅かな緊張を覚える。

 

「────智世の事なんだけどね」

 

 ビクリ、と俺は肩を小さく震わせた。

 俺は運転席に座るオジさんを見つめる。

 

「まあ、記憶は相変わらずだけど、また少しずつ慣れてきてね、この前なんかは久しぶりに一緒にゲームしたんだよ。それに、母さんとも料理してたかな」

 

 それは、良かったと言って良いのだろうか。俺は少しだけ考え込んでしまう。オジさんはそのまま言葉を続けて。

 

「記憶がなくなっても、智世は────」


 その先が予想できた。

 だから。


「あの!」

 

 なんとなく。

 そうだ、これはなんとなくだ。

 それ以外にはない。

 

「ようやく」

 

 別に明解な理由があった訳ではないのだ。俺はオジさんの言葉が続かない様に差し込む。

 

「ようやく……倉世の記憶について何かが掴めそうなんです」

 

 俺の言葉にオジさんは少しだけ驚いた顔を見せてから、微笑む。

 

「……そろそろ帰ろっか」

 

 車が発進する。

 

「ありがとう、優希くん」

 

 そんな呟きが隣から聞こえた。

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