第60話 言葉の意図
夏の暑さ、降り注ぐ日光は午後四時を過ぎても容赦がない。七月に入った現在、夏至は過ぎたのだという実感は湧かない。空は未だ青いまま、日の長い夏だと言う認識に変わりない。
「ねえ、甲斐谷は……さ」
帰り道、図書館を通り過ぎたあたり。
篠森は左腕を上げ制服の袖でこめかみ辺りにかいた汗を拭いながら一つ、俺に尋ねてきた。
「メイド喫茶……どう思った?」
俺の顔を覗き込む。少しだけ考える。正直な話、悪くないと思ったのは事実だ。
「まあ、予算の問題さえなければ、な」
俺が答えると、篠森は「そっか」と呟いて小さく笑う。
「倉世のメイド服、見たかったり……?」
正直、あの時間はそこまでの考えは回らなかった。
「それは……」
今、篠森に言われ想像した。見たいか見たくないかと言う事であれば、見たくないと言うわけではない。
メイド服の倉世など見る事はない。きっと似合うのだと思う。だから、現実に叶うならば見てみたいと思うのも仕方ない筈だ。
「したでしょ?」
言い当てられた様な気持ちになって、俺はそれを肯定するでも、否定するでもなく息を吐く。
「ほら、早く帰るぞ」
そうやって誤魔化した。
俺自身ですら、これは通じないと思った。
なら、篠森には直ぐに分かっただろう。見たいと口にするのを躊躇った、俺の事など。
「……あー、篠森」
分かりやすく、俺は話題を変える。
今度は俺が聞く番に回る。
「俺も聞かせてほしい事があるんだ」
俺が切り出すと篠森は「うん?」と、俺が質問を口にするのを待つ。
「篠森はどう思ったんだ」
女子達にとって、男子の欲望の様なメイド喫茶は快く思われないのだと思う。
篠森は、実際どう感じたのか。
「メイド喫茶」
女子に頼り切ったコンテンツだ。ただ、大抵の女子にとって慣れない格好だろうから。
「そうだね」
少しだけ考え込むように。
「遠慮したいかな……って」
恥ずかしさと言う物もあるんだろう。
篠森は困ったように笑って言う。
「誰かの家族とか、知らない人とかに見られるし」
赤の他人に見られるのも、家族に見られるのも考えてみれば、確かに恥ずかしいだろう。それは俺にも分かる。
「成る程な」
誰もがメイド服を着ると言う事を仕方ないと納得できるわけではない。
予算という尤もらしい理由で採用されずに済んだのはきっと良かったのだろう。
「浅はかだったかもな」
俺も。
自分にとっては都合が悪くないからとメイド喫茶も悪くないと思った。そこには女子に対する配慮という物はなかった。
「……そんな気にする事ないって。女子だって執事喫茶とか言ってたかもしれないし」
篠森は笑いながらそう言う。
メイド喫茶が却下された事で執事喫茶が発表される事はなかった。どの道、予算の都合という事で却下されるのは目に見えていただろう。
「執事喫茶、か」
自分がそんなことをするのは想像がつかない。
「甲斐谷が執事……」
俺も言われて少しだけ、そんな格好をしている自分を思い浮かべてみる。俺がお嬢様だとか、旦那様だとか言うのか。
「似合わないだろ」
篠森も同様に俺が執事服を着ているのを想像したのか軽く笑って「そんな事ないから」と答える。
「……ちょっと……見てみたい、かな」
本当にか、と思いながら俺が篠森の顔を見つめると篠森は失笑を漏らした。
「冗談だって」
「そうか」
執事服は勘弁してくれ。
そんな風に笑っていて、俺はふと。
「────ああ、そうだ。そう言えば、篠森」
もう一つ、気になった事があったのだと思い出した。
「何?」
俺の言葉に篠森は小首を傾げる。
その反応を見て俺は、そのまま言葉を続けた。
「掃除の時に金谷先輩と会ってさ」
金谷先輩に言われた事を思い出しながら。
「海に行く日なんだけど……楽しみにしてろって言われたんだよ」
俺が気になったのは、金谷先輩の言葉の意図だ。あの時の顔は何かを企んでいる様にも見えたのだ。
「何か知ってるか?」
それを確かめようと思ったのだが。
「そのまま、海に行くの楽しみにしてろって事じゃない?」
そうだろうか。
少しだけ引っ掛かるが、篠森もよく分かっていないのか。
「私にもよく分かんないや」
そう答えて、笑った。
金谷先輩は篠森にも伝えていなかったのか。
「そうか」
なら、あとは当日になるのを待つ他ないか。これを答え合わせ、と言うのかは分からないが。その日になれば金谷先輩がどう言った理由で、ああ言ったのか分かる筈だ。
「海……もう夏休み、だよね」
ジリジリと近づく。
いつもと違う夏。いや、いつもと違うと言うのは春から続いているか。そして、学園祭のある秋にまで及ぶだろう。期間にしてほぼ半年。
機を待つのみの俺だ。
「そうだな」
篠森は「何やるんだろうね」と言って笑う。
「スイカ割りとかかな……?」
ああ。
「確かにやるかもな」
金谷先輩の行動の可能性としては充分にあり得る範囲だと思う。海でスイカ割りとはありきたりな気がするが、先輩はやろうと言い出しそうな気もする。
「ま、楽しみにしてるか」
その日が来るのを。
楽しみにしてろ、と先輩自身がそう言ったのだから。
「そうだね」
篠森もクスリと笑った。




