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第5話 そして家族会議が始まる

 五時になる前に篠森が帰った。

 本当に少し離しただけで帰るとは思ってもなかった。ゲームを起動する必要はない。さっきの篠森とのやりとりの余韻が残っている。

 

「…………」

 

 スマホを見れば17:18と表示される。そろそろ母さんが帰ってくる時間だ。一八時になれば父さんも帰ってくる。今回の事、しっかりと話さないと。

 

「何て言えば良いんだ……?」

 

 学校からも何かしらの連絡が既にあったのかもしれない。となれば母さんは兎も角、父さんは怒るだろう。

 特に倉世を殴ったという点だけが伝わったなら、目に見えてる。

 

 ガチャリ。

 

 玄関の扉が開く音が聞こえて肩を震わせる。何故、親が帰ってきただけでこんなに緊張しなければならないのか。

 

「ただいま〜」

 

 母さんの声にここまで怯えたことはない。これまでを振り返っても。俺が怖いと思うのはやはり罪悪感のせいだろう。母さんが声を荒げて怒るような事など想像できない。しかし、不安が掻き立てられる。

 

「…………」

 

 立ち上がって扉に近づき、ドアノブに手を伸ばす。この家で母さんと父さんからは逃げられない。だから話し合う必要がある。

 

「すー……はー……」

 

 深呼吸してドアノブを捻り部屋を出る。鳴り響く鼓動の音を感じながら階段をゆっくりと降りていく。一階リビングに母さんはいる筈だ。

 

「おかえり」

「ん、ただいま。母さん、今日も疲れちゃったのよ。肩揉んで、肩」

「はあ」

「お願いね」

 

 椅子に座ったままの母さんが自分の肩をポンポンと軽く叩いて俺にいう。眠そうな目にスーツ姿。髪を適当に縛っている。草臥れた、というのが良く似合ってる。

 

「……固いなぁ、相変わらず」

「肩の防御力だけなら鋼を自負してるから」

 

 ケラケラと母さんは笑ってテーブルの上にあるリモコンでテレビをつける。時間的にどのチャンネルもニュース番組ばかりで、面白いとは言えない。

 

「あー、良いわ。そこそこ。あ、もうちょい下」

「ぐっ……!」

「おおっ……!」

 

 母さんが唸る。

 かなり強めにやっているのに気持ちよさそうなのは何なのか。俺が他人にやられれば痛いと騒ぐほどの強さだ。

 

『──続いてのニュースです』

 

 テレビの音声を聞き流しながら母さんのマッサージをする。

 

『◯◯市の中学校に通う生徒が自殺する事件がありました』

 

 …………。

 

『自殺したのは──』

 

 正直他人事だ。

 俺は倉世を追い込んだかはわからない。それでも考えてしまうのは、もしかしたら俺は最悪に一歩を踏み出しているのではないかという事。

 

「ちょっと、優希。手止まってる」

「あ、ごめん」

 

 俺がマッサージを再開すると母さんがポツリと呟く。

 

「酷いもんよね、いじめとか。そういう点じゃ智世ちゃんも──」

「……倉世がどうかした?」

 

 過敏になっている。

 知ってるんじゃないかとか。

 

「ほら、智世ちゃんって小学校の時いじめられてたじゃない」

「あ……ああ。そう言えば」

 

 男子に揶揄われ、女子に無視されたりと。そんなこともあった。

 

「アンタが居たからって、光代みつよさんも感謝してたもんね」

 

 出来た事なんてたかが知れてる。男子を牽制したり、俺が智世と仲良くするだけ。一緒にいる時間を増やして、付け入る隙を与えないようにしていた。そんな話だ。

 

「……そうなんだ」

 

 オバさんにも会うことになる。

 光代さんは倉世のお母さんだ。幼馴染の俺も当然、交流がある。先日あったばかりだ。次に会う時は憂鬱な気分だろう。

 

「ん、マッサージはあと良いわ。明日も頼むから」

「ええ……」

「取り敢えず着替えてくるから」

 

 指先が痛い。テレビに表示される時間は一八時をしめしている。三〇分以上もマッサージをしていたみたいだ。

 

「……ただいま。優希、いるか」

 

 空気が陰鬱としている。

 俺の心が騒ついてる。父さんの声はいつもより暗い。何倍も重たい。実際にそうだろうし、俺のネガティヴな感情が絡み付いた主観によって一層引き立てられている。

 

「…………っ」

 

 リビングと玄関の距離は数秒で埋まる。覚悟とか、何もない。父さんは俺の靴を確認して帰ってきてると分かる筈だ。しらみ潰しに探し出すだろう。

 

「おい、優希」

 

 どうする。

 逃げるなんてない。心の準備とかの問題じゃない。リビングなんて直ぐに探される場所だ。一番最初にくるだろう。玄関から近いから。

 

「ただいま」

 

 目が鋭い。

 普段(いつも)通りじゃない。

 

「……おかえり」

「母さんには言ったか?」

「…………」

「大事な話だ。リビングで待ってろ。母さん呼んでくるから」

 

 メールか電話かが来たんだ。

 裁判を受けるような気分だ。弁護人なんて居ない。

 

「…………」

 

 母さんがつけたままにしたニュースの声が虚しく響く。階段を降りてくる二人分の足音が聞こえて俺は心臓が締め付けられる感覚に襲われた。

 

「どしたの?」

 

 父さんはまだ母さんに伝えてないのか。

 着替えを終え髪の毛を解いた母さんが不思議そうな顔をしてリビングに入ってくる。

 

「…………」

 

 父さんが無言で椅子に座り、母さんもピンと来ていない様子で椅子を引いて腰掛ける。

 

「優希も座れ」

 

 俺も父さんの言葉に従って椅子に座った、

 

「──学校から連絡があった」

 

 ああ、やっぱり。

 

「智世ちゃんの事、殴ったんだってな」

 

 母さんが眠たげな目を見開いたのが分かった。

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