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第49話 その背伸びは何のために

 体育の授業時間。

 つまりはプール掃除の時間。全員が汚れた水の入っていないプールの底を見ている。ブラシやらホースやらがプールサイドに置かれている。


「取り敢えず、ブラシ持ってプールの中に入ってくださーい」


 先生の指示に従って動き始める。


「みんな入りましたかー?」


 それから先生がホースを持って入って、水をかけて周り、生徒でブラシで擦る。

 

「ふう……」

 

 こんな雑用みたいな事でも楽しめる者もいる様で、男子も女子もワイワイと話しながら掃除を進める。

 

「よーし、ホース使いたい人ー?」

 

 体育教師がホースを近くで手を挙げた女子に渡す。


「ほらー、そこ水かけるからー!」

「バカっ、ど、退くから!」


 初めは良かったが段々とふざける様な雰囲気になっていく。


「おい! アイツからホース没収しろ!」

「俺、着替え持ってきてないんだけど……」


 男子と女子のホースの奪い合い始まってしまう。


「わっ、ちょ……!?」


 慌てた様な声が響く。

 

「ちょ、ちょちょちょ…………っ!?」

 

 ホースが女子の手から離れて暴れ回る。水を上空に撒き散らして、降り注いだ。俺は被害を避けられたが、どうにも近くには倉世がいた様で着ていた体操着も濡れたらしい。

 何をやっているんだ、と言いたくなる。

 俺は溜息を吐いて掃除に戻ろうとして倉世に目を奪われた。

 

「…………」

 

 倉世の下着など。

 と、俺は切り捨てられると思った。

 と言うのも俺の記憶にある倉世の下着はそこまでの色気を感じる様なものではなかったからだ。

 高校生になって、一緒に遊んでいる時も俺も篠森も今更だろうと気にしてなかった。

 下着程度で、と。

 

「……ああ」

 

 なんだ、そうか。

 目に映ったのは俺が目にした事のある様な物とは違って、白の少し大人びた物。俺が見たことのある物とは決定的に違う。

 それが鮮烈に三谷光正の存在を意識させてくる。

 

「まあ。そう……」

 

 恋人がいる。

 だからだ。


「……だよな」


 しかし、だ。

 下着を気にするなど、三谷光正とはどこまで進んでいるのかと考えてしまう。恋人であると言うことはもう割り切ってる。それはもう証明されているから。

 考えを振り払おうとブラシを持つ手を動かす。

 流石に不味いと思ってか、女子達が倉世にジャージを持ってくる様にと言って、倉世はプールから出て行った。

 

「甲斐谷、頑張ってる……?」

 

 倉世がプールから居なくなったのを確認してか、篠森が俺の方へとやって来て声をかけてくる。

 

「頑張ってるよ」

 

 ブラシを動かす手を一時的に止める。

 

「そっか」

「そっちはどうだ」

 

 俺の問い返しに篠森が「私も」と答える。互いにブラシを動かして掃除を再開する。

 

「さっきの見てた?」

 

 さっきのと言うのは男子と女子のホースの奪い合いだろう。

 

「あんだけ騒いでたら気になるだろ」

 

 別にそれを求めているわけでなくとも、何をしているかと見てしまうのも当然。

 

「そうだね」

 

 俺の答えに篠森が笑う。


「そう言えば、倉世と一緒にやってたんじゃないのか……?」


 どうにも篠森は濡れていないようだ。


「それが……ブラシが壊れてて」


 交換してたから、その場に居なかったとのこと。


「成る程な」


 そんなこともあるのか、と。

 

「そろそろ倉世戻ってくるんじゃないか」

 

 俺は落ちてきたジャージの袖を捲りながら篠森の方を見て言う。

 

「もうちょっと、じゃない……?」

 

 篠森がそう言ってプールの出口を見た。俺も周囲を見るが倉世が戻ってきている様子はない。

 もう少し話していられるか。

 そういえば、と。

 

「…………倉世って」

 

 いや。

 流石に倉世の下着の事だとかを聞く気になれなかった。もう少し前からそうだったのかだとかを、直接的に聞くのを躊躇った。

 だが、話し出してしまった。

 俺の言葉の続きを篠森は待っている。

 

「…………?」


 首を傾げて、何を言うかと。


「ああ、ええと……」

 

 ただ、当たり障りがない様に。

 

「本当に、三谷先輩の事好きだよな」

 

 自らキスをする。三谷光正の為に、男の俺に臆さずに激昂し、背伸びした様な下着を身につけている。

 だから、これは間違ってない。

 

「……甲斐谷」

 

 俺は自らの口で言語化して、少しだけ胸が痛むのを感じた。だが、それは本当に少しだけだ。本当に、僅かな。小さく擦ったくらいの、そんな傷。

 

「ほら、掃除だって」

 

 俺は態とらしく笑って、何もない様に振る舞う。それがきっと篠森には分かっているのだと、俺も理解している。

 

「うん。倉世も戻ってきたから」

「ん、そうか……」

 

 篠森が離れて行く。俺は倉世の姿を確認する為に振り返ろうとして。


「わっ……とと、っとぉ……」


 バランスを崩す。

 

「痛ったぁ……」

 

 俺は尻から落ちた。

 

「甲斐谷……?」

 

 篠森が振り返って、尻餅をついた俺を見て小さく笑った。


「大丈夫だ。俺のことは良いから、ほら」


 早く行け。

 俺も短く息を吐いて、倉世の元に向かう篠森を見送って立ち上がる。尻は随分と濡れてしまった。


「冷てぇ……」


 去年と同じことだ。

 流れこそ違うが、またプールで転んだ。これは帰り道に篠森にまた言われるだろう。


「…………」


 篠森と倉世が仲良さげにプール掃除を再開する。二人を見ている場合ではない。

 俺は汚れを見つけてブラシで擦る。

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