第46話 無防備な所に、無神経に
「おい、甲斐谷」
朝、学校に登校し玄関で靴を履き替え、階段を上ろうとした所で先生に声をかけられた。
「……あ、おはようございます」
俺は注意を受ける様な事をした覚えがない。
「おう」
俺の挨拶に適当に返して、直ぐに用件を伝える。
「ちょっと職員室までついて来い」
何事だと思いながらも先生の後について行く。鞄を持ったまま職員室に入り、先生が座ったのを黙って見ていた。
「これ、持っていってくれ」
先生は俺にアンケート用紙の束を渡してくる。俺はそれを受け取った。
「分かりました」
特に叱られると言う訳でも無いんだろう。職員室に居るのも、心地がいい物では無い。俺はさっさと出ようとして。
「あー、ちょっと待て」
止められた。
「……何ですか?」
これ以上の用はないだろう。
少なくとも、何かを言われる覚えはない。何かを咎められる覚えもない。
「お前、ちゃんと倉世に謝ったか?」
先生の発言に理解が遅れる。
「は……?」
そう吐き出してから、遅れてようやく意味がわかった。
何となく腹が立った。
ここ最近で、ここまでの苛立ちを覚える事はなかった気がした。
「『は?』じゃないだろ。ちゃんと謝ったのか? 教室で全然話してないだろ」
どうして、こんなに腹が立つのか。
それは、この質問が無神経な物の様に思えたからか。覚悟のできていない無防備なところに入り込んできたからか。沸々と怒りが湧いてきて、爪先に力が篭る。
「ん?」
答える様にと、先生は腕を組み俺の方に身体を向けてきた。
「俺は……」
謝ったのだ。それでも、受け入れてもらえなかった。それをどうやって示せばいい。
「俺、は」
仲直りするのがこの人の言う謝罪の証明だと言うのなら俺は、多分それを示せない。
「その」
今のままでは、俺はこの人に謝ったと認めさせる事ができないのではないか。
「……っ。……ぁ」
何があったか、事実を伝えたところで言い訳がましくて仕方がない。それを注意されるかと思えば言葉にするのが躊躇われた。
「……いや、もういい。呼び止めて悪かったな」
俺の内心を理解したのか。
ただ、俺が答えないと匙を投げたのか。
「すみません……失礼します」
そんな事は考えなくてもいいだろう。
とにかく、これ以上追及されることから逃れられるのだと考えて職員室から出る。
「クソ……ッ」
俺が職員室を出たところで悪態を吐く。
自然と漏れ出ていた言葉に、心配する様な声が掛けられた。
「優希くん、大丈夫?」
金谷先輩に見られてしまった。
「顔色悪いよ?」
金谷先輩は俺の顔を覗き込んできて、聞いてくる。
「まあ、ちょっと……でも」
大したこと無いです。
そう言って、金谷先輩との会話を早急に切り上げ、この場を去ろうとして「待て待て」と左手首を掴まれた。
「先輩のわたしの話を聞いて行くのもアリだと思うよ」
手首を掴む手を無理矢理に振り解く訳にもいかないと、ゆっくりと先輩に体を向ける。
「ね?」
なんだ、いつもと変わらない。拒否権なんてあってない様なものだ。
「ほら、アレかな」
先輩は少し考える様な素振りを見せてから、俺と目を合わせてくる。
「先生に怒られた?」
俺は目を伏せた。
「…………」
似た様な物、だろうか。
別に先生は怒っていた訳ではなかっただろう。ただ、俺に確認してきただけだ。それで俺が内心で腹を立てて、結果を予測して答えられなかっただけだ。
俺がそうだとも、違うとも答えずにいると、沈黙は肯定だと受け取ったのか金谷先輩がウンウンと首を深く縦に振って語り始める。
「よくあるよ、怒られることなんて。私もまあまあ怒られるし」
金谷先輩が笑った。
「それは……」
何となく想像ができる。
カードゲームを学校に持ってきている点も、この想像を助長している。
「先生が絶対に間違わないなんて事はないんだから、聞き流していいことは聞き流して、適当にしてればいいんだよ」
漸く俺の手首を掴んでいた手が解けた。俺は逃げる気にはなれなくて、立ち止まっていた。
「そうした方が気楽に生きてけるし。一々、納得出来ないこと全部に腹立ててたら死んじゃうよ〜?」
先輩が「うげー」と態とらしく舌を出して言う。
「あ、勉強とかは別だけどね?」
流石にそうだろう。
「でも、それって……どうやって判断するんですか」
ただ、俺には良く分からない。どれがどうでも良いことで、どれが間違っている事だとか。
「別に簡単だよ。先生と自分の中で感覚が違うな〜って思ったらだよ」
先輩が人差し指を立てて、一つ付け足す。
「それでもストレスが溜まるなら、優希くんには篠森さんがいるからね」
篠森が。
どうして篠森の事を出したんだろうか。
「そこは先輩じゃないんですね」
金谷先輩自身ではないのか。俺が問えば、先輩は「いやぁ」と少しだけ申し訳なさそうに笑った。
「まあ……私だと、優希くんに付き合わせてる側だしね」
それに。
と、先輩は階段に向かって進む。
「友達のが頼りやすいでしょ」
少しだけでも参考に出来るだろうか、彼女の考え方は。先輩が階段を上って行ったのを理解して俺は右手に持った紙の束を見つめる。




