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第41話 I'm back

 

「倉世」

 

 息抜きを終えて、家の前まで帰って来ると倉世も出かけていたのか、ばったりと出くわした。

 

「出かけてたのか?」


 名前を呼んでしまった手前、何か。

 何かを言わなければ。


「…………」

 

 倉世は俺の言葉に耳を傾けようとせずに扉を開いて家の中に入って行ってしまう。俺は倉世の家の前まで走って、止まった。

 

「…………」

 

 インターホンに伸びかけた手を下ろす。

 

「……帰るか」

 

 今日は、良いだろう。

 篠森と遊んで楽しかったと、今日は終わればいい。態々と今日に抱え込む必要はない。息抜きの日だった。今日はその日だった。倉世の記憶の事も、三谷光正の事も考えなくて良い様な息抜きをしたのだ。

 

「ただいま」

 

 大人しく、自宅に戻って玄関の扉を開ける。父さんと母さんがリビングにいる。

 

「おかえり〜」

 

 母さんがリビングから告げる。

 俺は自室に戻って荷物を置いて、また階段を降りてくる。

 

「おかえり」

 

 リビングに戻ると父さんが俺を見て言う。

 

「ただいま」

 

 俺は椅子に腰を下ろす。

 今回の息抜きは楽しかったが、少しばかり疲れた。嫌な疲れではない。

 

「楽しかったか?」

 

 俺が友達と出かけると言っていたから、父さんと母さんも気になったんだろう。

 

「楽しかったよ」

 

 頷きを返せば「良かったな」と父さんが小さく呟く。

 

「あ、お風呂もう入れるから。先入っちゃう? ご飯もう少し掛かるし」

 

 母さんに言われた通り、風呂に入ってしまう事にする。ご飯を食べてしまうと、今日はそのまま眠ってしまいそうだ。

 

「…………」

 

 身体を洗い流し、湯船に浸かり考え込む。

 また、来週からだ。来週から、また少しずつ三谷光正を探っていこう。確実に追い詰めて、潰す為に。

 

「……今日は」

 

 良かった。

 ここ最近で最も充実した日だ。心の底から楽しめた様な気がした。

 

「はあ」

 

 これから、またいつもの日々に戻るのだと考えると少しだけ憂鬱を感じてしまう。

 湯船により深く浸かる。

 

「…………」

 

 別に、今日という楽しかったと思える日がなくなるわけでは無い。明日がどうであろうと、明後日がどうであろうと今日は損なわれることはないのだ。それに考えなければならない日は当然に来るのだから。

 

「仕方ないよな」

 

 仕方ないから。

 割り切って、前に進んで行くしかないだろう。

 

「……倉世。思い出してくれよ」

 

 その為に、俺は動き続けてる。止まることは許されない。篠森も、オジさんもオバさんも元に戻る事を望んでいるのだから。

 

「ふぅ」

 

 俺が浴槽の中で立ち上がるとザパァと水面が大きく揺れる。

 

「上がった」

 

 リビングに戻ると料理が並べられてる。今日は肉料理がメインで、豚の生姜焼きらしい。レタスが敷かれ、ミニトマトが彩りを良く見せる為に乗せられてる。

 

「ナイスタイミング、優希。ご飯出来たわよ」

 

 母さんは俺に席に着く様に促す。俺が席に座ると父さんも身体をテーブルに近づける。

 

「ねえ、優希。今日は何して来たの?」

 

 出かけると言っていたが、俺は母さんにもどこに行くのかを伝えていなかった。

 

「ちょっと、水族館に……」

「へー、水族館」

 

 母さんが繰り返す。

 

「あれ、お父さん。アタシたちが水族館行ったのっていつだっけ?」


 母さんが昔に水族館に行った事を思い出そうとして、父さんに尋ねた。


「優希が小学生の頃だから……一〇年くらい前か」

 

 それ以来、父さんと母さんは行ってないらしい。

 

「で、なんかお土産とかないの?」

 

 何を期待してるんだか。生憎と土産などは買ってきてない。

 

「いや、特には……」


 母さんは初めから特には期待してなかったんだろう。カラカラと笑う。


「え〜……まあ、良いけど」

 

 母さんが白米を装ってテーブルに置き終えて、ようやく椅子に座る。

 

「で、何があったの?」


 俺は観てきたものの中で記憶に強く残ってる物を思い浮かべる。


「まあ、エビとかクラゲとか……あとはイルカショー観てきた」

 

 そう答えると母さんは「アタシも行きたかったなぁ」と笑いながら呟いた。

 

「イルカショーかぁ……」

 

 母さんが羨ましそうに俺を見る。

 

「母さん」

 

 父さんが母さんを呼んで、何が言いたいか気がついたらしい。

 

「あ、どうぞどうぞ。ほら、優希も食べちゃって」

 

 俺と父さんは手を合わせ「いただきます」と言ってから、生姜焼きを自分の皿に取り分け、食べ始める。


「そう言えば、水族館って言ったら、優希……お前、迷子になって泣いてたな」

「そう言えばあったわね。そんな事」


 父さんが突然にそんな思い出話を入れてくる。その事は俺も一応覚えてる。


「…………」


 何も言わずに生姜焼きを口に入れた。

 母さんだけかと思ったが、父さんもそう言う話を覚えてるらしい。


「今日は大丈夫だったのか?」


 心配、と言うよりも揶揄いだろう。

 

「何年前の話だよ。流石にこの歳で迷子にならないからな」


 迷子という歳ではない。何より、スマホという連絡手段を持っている訳だ。水族館内で迷子になる方が難しい。


「そりゃ、そうか」


 父さんが納得した様に少し笑って、またご飯を食べ進める。


「ふふ」


 母さんが父さんを見て笑った。

 俺には母さんがどうして笑ったのか、よく分からなかった。

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