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第28話 篠森先生

 日曜日、時間に余裕を持って家を出る。


「悪い、待たせた」

 

 昨日に送られてきた待ち合わせ時間の一〇分前に着く。時刻は九時五〇分。待ち合わせ場所は図書館前。

 時間前、篠森はまだ居ないと思ったが、既に図書館前で待っていた。

 

「ん、おはよ」

 

 スマホから篠森が顔を上げる。今日はジーパンと黒のワンポイントパーカーと前回よりも肌の露出が少ない。主に足の部分が。

 

「悪いな、本当」


 待たせた事と言い、昨日の事といい。それ以外の事も。


「全然大丈夫だって。さっき来たとこだし」

 

 篠森の言葉に待ち合わせ時間より前だから問題ないのだと思う事にする。

 

「ほら、明日からテストだし……早く入って勉強しよ」

 

 そう言って図書館の入り口に歩き出した篠森の後を追う。

 

「……なあ、篠森」

 

 図書館内だからあまり声を出すわけにも行かない。俺は篠森の耳の近くに顔を寄せる。

 

「うひゃっ…………!? な、何?」

 

 瞬間的に身体をのけぞらせて篠森が俺から小さく距離を取る。左耳を押さえながら。驚いてるのがよく分かる。

 

「あ、悪い。……いや、ちょっと聞きたいことあってな」

「大丈夫、聞こえてるから。あの……さっきの近すぎる……ら」

 

 篠森は耳が敏感なのか。

 口早に小さな声で言って、尻すぼみに消えていく。顔を俺から背けて斜め下を見る

 

「今度から気をつける」

 

 俺が謝罪を告げても、篠森は顔を元の向きに戻さない。

 

「あー……それで、倉世とはどうなった?」

「……まあまあ、ぼちぼち?」

 

 篠森は自分の左耳を押さえていた手をそのまま首裏にスライドさせて、漸く顔を上げる。

 

「そうか」

 

 良くもなく悪くもなくってあたりか。

 

「そっちはどうなの?」

「ん……?」

「いや、昨日、倉世のお母さんと話したんでしょ」

 

 空いてる机を探す。

 この図書館というのは満席になることは殆どない。近くに空いてる席を見つけた。

 

「こっちも進展ナシ。特に分かったことはない」

 

 完全にお手上げ状態だ。


「なかなか上手くいかないよね」


 篠森は苦笑いして、俺も同意を示す。


「そうだな」


 篠森が座ったのを確認して、俺も音が鳴らない様に椅子を引き、腰掛ける。


「はあ……」

 

 お互いに特に前進したというわけではない。溜息が揃って出る。

 

「なあ、篠森」

「そろそろ勉強始めよ」

 

 声が被った。

 篠森の方は終わりで良かったらしい。俺の方が一つ余分に確認したかった。篠森が「良いよ」と言って、俺は口を開く。

 

「倉世の記憶、戻ってほしいよな?」

「……当たり前じゃん」


 俺は胸を撫で下ろす。


「なら良いんだ」

 

 やっぱり。

 どれほど前の関係みたいになれても、前の関係に戻りたい。前と同じ様に話したい。皆んな変わらずにそう望んでいる筈なんだ。

 

「ほら、勉強。わかんないところ教えて」

「ああっと、そうだった。ええと────」

 

 俺はノートを開いて隣に座った篠森の物と見比べ、抜けている部分を確認する。一週間という期間は馬鹿にならないらしい。それもそうか。現代文や数学なんかは数時間分になるのだから。

 俺は篠森に問題の解き方を聞き、ノートの上に書いていく。

 

「数学は公式を覚えて……」

 

 篠森が丁寧に教えてくれる。

 分かりやすいかどうかは比較できないが、先生の授業を黙って聞くよりも身につく。そんな感じだ。これは一対一という状況も上手く作用している様に思う。

 

「こんな感じかな。国語は自分で読めばわかるでしょ?」

「ああ。ありがとな、篠森先生」

 

 俺はふざけてそう呼んでやる。

 

「先生……。じゃあ、甲斐谷……くん、他に知りたい事とかある?」


 少し遠慮がちではあるものの、面白そうに微笑んで聞いてくる。


「いや、今んとこは問題ない」


 言ってもらっておきながら、特に今のところ詰まるような点はない。篠森が教えてくれたお陰だ。


「そ」

 

 若干、篠森がつまらなそうな顔をした様に見えて、俺は少し笑ってしまう。

 

「そんなに教えたかったか?」

「別に、もう良いから。ほら、やり方分かったんなら、試験でも問題ない様に復習」

 

 篠森はノートに視線を移してカリカリとシャーペンを走らせる。俺も集中して勉強を始める。隣から聞こえるシャーペンの音に俺も負けていられないと集中力が高まる。

 確かに家で勉強するより断然良い。この環境は誘惑が少ない。

 

「──ふう」

 

 図書館内にある時計を見る。時刻は一二時を僅かに過ぎている。一息ついて、集中力が切れた。

 俺は隣をチラリと見ると目が合う。

 

「そろそろ飯、食べに行かないか?」

 

 そんな提案をする。

 ここ最近への感謝を込めて。

 

「奢るから」

 

 俺が言うと篠森は「良いの?」と聞いてくる。当然だと頷いた。これくらいしなければならない程に……いや、この程度では足りないほどに篠森は今の俺の支えになっているのだから。


「それで、何食べる?」


 何を食べると言われても、特に決めていなかった。この辺りには何があったか。


「……ファミレスでいいか?」


 図書館の近くにあったのを思い出した。篠森もそれで構わない様で「良いよ」と短く答えて立ち上がる。


「散財させてやる」

「……程々に頼む」

「冗談」


 

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