第26話 一人じゃないから
土曜日、窓から倉世が出かけていくのが見えて、俺も一〇分ほどしてから部屋を出て階段を降りていく。
「ん、出かける?」
階段を降りて玄関まで行くと母さんが話しかけてくる。
「まぁ、ちょっと……」
出かけると言っていいかは分からないが、外に出るというのはそうだ。
「お使い頼まれてくれない?」
母さんはモップを右手に持って俺に行ってくる。
「そんな遠くまで行かないって」
「え〜……本当に直ぐだから。アタシ、掃除で忙しいし。お父さん寝てるし」
父さんは休日は仕事の疲れがあるからか一〇時くらいまで起きてこない。日曜日は七時過ぎに起きるが、土曜日の今日はそんな物だ。
時間はまだ九時より前。
父さんが起きるのは後一時間くらいしてからだ。
「分かったけど、どんくらいかかるか分かんないから」
「遠くじゃないって言ったけど、どこまで?」
「オバさんに会ってくる」
俺が答えれば母さんは考え込む様にして「まあ、よろしく言っといて」と掃除を再開した。
「で、お使いって何買えばいいの?」
「ああ。ちょっとカレールーとお肉買ってきて欲しいの。ほらいつもの」
「だけ?」
「そ。よろしくね」
「分かった」
財布と携帯だけを持って家を出る。鍵は、母さんも父さんもいるから閉めなくて良いだろう。俺は直ぐ隣の倉世の家に向かって、玄関前に立ってインターホンを鳴らす。
『はい?』
「あ、すみません優希です。オバさん?」
『ええ。優希くん、どうしたの?』
「ちょっと聞きたいことがあって」
『待っててね。今開けるから』
しばらく待っていると扉がガチャリと開いてオバさんが顔を見せる。奥にはオジさんもいる。
「おはようございます、オバさん」
「おはよう、優希くん」
俺は奥にいるオジさんにも顔を向けて挨拶する。
「おはようございます、オジさん」
「おはよう」
俺はオバさんに案内されて家の中に入る。
「今日は智世は出掛けてて、居ないんだ」
オジさんがそう言ったのを聞いて、俺は「そうなんですか」と返す。知っておきながら白々しいが。
「それで今日はどんな用で?」
俺とオジさんはそれなりに交流があって、倉世と俺がゲームをして遊んでいるのはオジさんの影響もあったと思う。
「その、倉世の記憶の事で」
とは言え、今回はゲームは関係ない。
「記憶……智世とはどうだい?」
どう、と言うのは。
「この前にちょっと、ほら問題があっただろ?」
「……すみません」
「いや、責めてるわけじゃなくてね。それで仲直り出来たのかい?」
オジさんの質問に対して、俺は少し言葉に詰まった。
「……それが、ちょっと上手くいってなくて」
誤魔化す様に笑って答える。
「…………」
オジさんが疑わしげな物を見る様な目で見てきて、俺は弱々しい声で事実を口にした。
「……その、嫌われてしまって」
「そっか」
だからといってオジさんは俺を家から追い出すつもりはないらしい。リビングに通されて正面にはオジさん、右斜め前にオバさんが座る。
「それで記憶の事でしょ、優希くん」
オバさんが話を切り出した。
「あ、はい。その……倉世の記憶について何か分かりましたか?」
俺の問いに二人はフルフルと首を横に振った。
「そう、ですか」
記憶が何故消えたのかについては分からない。であれば取り戻す方法についても少しも考えつかない。
「あの……倉世は家では」
──どうですか。
息が多量に混じって吐き出した疑問は、最後まで届いたかは分からない。
ただ聞こえているかは俺には判別つかないが、言いたいことは伝わったらしい。
「……それが」
オバさんが言うには、記憶はないなりに少しずつ今の生活に慣れてきているのだそうだ。オバさんもオジさんもなんだかんだと慣れてきている。
前とそっくりそのまま……とはまだならないが、近しい様な状態にはなっているらしい。
「良かった、です」
二人の前では前と同じ様な生活をしている。篠森とも友達に戻れている。何だかんだと言いながら、今の倉世に周囲は慣れてきている。
「でも……あの、オジさんとオバさんは……倉世の記憶は戻って欲しいんですよね?」
二人は顔を見合わせて頷いた。
恐らくこの答えに俺が一番ホッとしている。
「その、お邪魔しました」
これ以上に話すことは用意していなかったから、俺は椅子から立ち上がり玄関まで向かう。二人もついてきて、俺を見送る。
「優希くん」
扉を開く直前にオジさんに呼び止められて俺は半分ほど開いたドアを左手で押さえながら振り返る。
「智世の記憶が戻ったら、また遊んでやってほしい」
いつになるかは分からないけど、その時は仲直りできるとオジさんは信じてくれているんだろう。
「勿論です」
笑顔で返して、今度こそ家から出る。
「はは」
一先ずは良かったんだ。
オジさんもオバさんも倉世の記憶の事を諦めていなかったから。俺はそれだけで救われた様な気になった。倉世にそれを望んでいるのが自分だけじゃないと思えたから。
「ふう……買い物行こ」
頼まれたお使いのために家に戻らずにスーパーまでの道を歩き出す。




