第23話 頼らせてほしい
朝に家を出て、倉世と鉢合わせる。
配慮が足りていなかった。この時間帯なら倉世も出てくる時間だ。
「あ、倉世」
俺は倉世に近づかず、距離を保ったまま呼びかけて、そのまま質問する。
「昨日は……大丈夫だったか?」
俺の質問に倉世は顔を顰めてそっぽを向いてしまう。ああ、しまった。配慮に足りなかったと吐き出した後で思い至る。
「ごめん。気にしないでくれ」
なんて言っても無理か。
昨日の事を意識させてしまった。
「…………」
倉世は嫌いな奴に答える必要はないと言うつもりか。いや、関わりを持ちたくないと言うのが一番なのだろうか。俺は倉世に「助けてやったんだから、感謝しろ」とか言えるほど図太い神経はしてない。
「…………」
何も言えない。
倉世から話しかけてくることもない。
家の前で立ち止まったまま、何一つとして話のないままに倉世の背中を眺めていた。
「──おはよう。大丈夫だったかい、智世」
「おはようございます、三谷先輩!」
それから直ぐに、三谷光正は倉世を迎えに来て、倉世は三谷光正の側に駆け寄っていく。こんな光景は我慢ならない。認めたくない。
感情的になってるとわかってる。
分かっていても。
分かっていながらも。
止められない。
「……おい」
こいつのミスだと思った。
指摘してやりたいと思った。顔を見て、そんな下らない思考に支配された。
「三谷光正。何でアンタは昨日、倉世といなかった」
俺だったら守れた。
現に、俺がいたから倉世は致命的なレベルまで追い込まれることは無かった。どんな理由から来た行動であっても、三谷光正を責め立てるために言い換える。
誰だってよかったのに。
あの時の感情だって、助ける以上に大きいものがあったって言うのに。
ただ、目の前の男を否定したいが為。
「アンタが倉世といればこんなことにはならなかっただろ。アンタのせいで、こんな事になった」
あそこに俺がいなければどうなっていたか。あそこに三谷光正が居なかったから、俺が居る必要が出てきた。
そして、俺は倉世を守れる。
「アンタのせいだ。アンタが悪い。アンタの責任だ。俺は……! 俺だったら────」
あんな事にはならなかった。しなかった。させなかった。
「そうか」
三谷光正が嬉しそうに笑う。
感謝なんて欲しくはない。
ただ、糾弾したいだけ。それだけだ。
だと言うのに。
「……ありがとう、甲斐谷くん」
どうにも奴は本気で言ってる様で俺の神経を逆撫でする。
何がありがとうだ。ふざけるな。
「……お前は……倉世の隣に、相応しくない……! 相応しく、ないんだよ!」
気に入らない。
守れない奴のくせに。その癖に、まだそこに立ってるのか。しがみついてるのか。
「……っ、ふざけんな! 何なん、だよ、何なんだよっ!!」
叫んで、叫んで、叫んで。
「倉世の事を──!」
守れなかった癖に。
最後の叫びは途絶えた。
「──痛っ……!」
ジンジンと頬が痛む。
倉世の右手が振り抜かれていた。顔を見て理解する。彼女は憤慨している。
誰に。
俺に、だ。
「相応しいとか、相応しくないとか……それって甲斐谷くんが決める事じゃないから!」
「けどっ……」
この人は、コイツはお前を守れなかった。
「けどじゃない! いつだって、誰かがそばにいる訳じゃない!」
「…………」
「三谷先輩のせいじゃない」
「じゃあ、誰が……」
「襲ってきた人のせいに決まってるじゃん! そんなことも分からないの……?」
彼女の指摘は尤もなことだ。何も間違っていなくて、それを三谷光正を擁護する物だと捉える訳にもいかない。
何せ俺の方が幼稚な主張をしていたのだから。
「…………」
この場で一番幼稚だった俺が、大人二人に置いていかれる。
「もう関わってこないでって前も言った」
何度言われた所で頷くわけがない。
「行こうか、智世」
「はい!」
まだ、足りてない。
幼稚な考えで、論理的に説明しきれない様な感情的な論調で三谷光正を潰すことはできない。なら、もっと。より探り出さなければならない。
より、一層。
「…………」
俺は二人が遠くなった道を見つめて、歩き始める。
「よ」
暫く歩いて行った先で声が掛けられる。
「おはよ、甲斐谷」
「あ……篠森。おはよう」
「また朝からなんかあった?」
やっぱり俺はポーカーフェイスが出来ない。簡単にバレてしまう。
「そう、だな」
俺は昨日の篠森の言葉を思い出して、少しだけ気が楽になって吐き出した。
「また、倉世に嫌われたかもなって」
俺の言葉に篠森は難しい顔をする。
「大丈夫なの?」
「原因は俺だし……幼稚なこと言ったんだ」
大丈夫なのかと聞かれて、俺は一つ確かめる事にした。思い出したのはこの事だ。
「なあ、篠森に頼って良いんだろ……?」
だから頼らせてくれ。
倉世に拒絶されてしまった分を補ってほしい。少しだけでも優しい時間が欲しくなったんだ。
「良い……けど」
「何だ、歯切れ悪いな」
困る事があるのか。
「内容にもよるからさ」
まあ、それはそうだ。
何でもかんでも引き受けてたら、篠森の身が持たないだろう。
「頼ってって言ったのに」
「だとしてもじゃん」
冗談を言い合う様な空気になって、さっきの倉世とのやり取りの不安が小さくなっていく様な気がした。
「頼りにしてる、篠森」
篠森は顔をフイと逸らして頭をガシガシと掻く。
「……頑張ってみる」
顔を見せずに篠森は言った。




