第22話 良い奴
「…………」
俺は篠森と歩いていた。
どこかで分かれようと思っても、少し前を歩く篠森はまるで俺を見張っている様だった。だから、同じ道を選んだ。
俺は彼女を拒絶したのに。
「…………」
俺たちの間に会話はなかった。
どこを目指して歩いてるのか、俺にはわからない。黙って付いて歩くのが良いのか。
「なあ」
「…………」
「なあ、篠森」
俺は篠森の事を呼んでいた。
ずっと一緒に歩いてるのに、話さないというのがおかしな様な気がしてきた。気まずさが勝ってしまった。
「何?」
篠森は振り向かなかった。
「何で俺を止めたんだ」
別に無視しても良かった。
俺は失望された物だと思っていたから、彼女が俺に関わってくる事はもう無いだろうって考えていたのに。
「お前は俺を止めて、何があるんだ」
何も得られないだろう。
俺は篠森に何も与えられない。
「……焦ったの」
篠森はふと足を止めた。
「甲斐谷も同じでしょ」
それは何のことを言ってるんだ。
「倉世の事、助けたじゃん」
「…………」
それは俺を善人だと思いすぎてる。あんなのは誰だって良かった。倉世じゃ無くても。誰だってああした。
「俺と、お前は違う」
「……そっか」
どう思ったかは知らない。
「でも私は甲斐谷の事、良い奴だって思ってるから」
「…………」
「だから、あんな事一回だけで見捨てるつもり無い。だから、焦った」
篠森が振り返った。
僅かに顔が赤く見えるのは夕日に照らされているからか。
「……良い奴」
篠森は俺を過大評価している様な気がしてしまう。俺はそんなに良い人では無い。良い人であるなら、ここまで三谷光正のことを恨まないだろう。あの男をサンドバッグにして快楽を覚える事はなかっただろう。
「そんな訳──」
あるかよ。
「倉世は言ってた。甲斐谷は優しいんだって」
俺の言葉は吐ききれなかった。
「…………は、は」
「自分を守ってくれるんだって、そう言ってた」
「…………」
倉世が、そう言ってた。
だから、どうして。
「そんなの、倉世だけだろ……」
そう言ってくれるのは倉世だけで、他のやつからしたら。
「……私だって良い奴だって思ってる。そう言ってる」
倉世から聞いただけ。
本当の俺を知らないだけ。
俺は別に優しくもない。善人でも無いんだと否定したい。
「私は、私の目で甲斐谷を見てる」
俺の言いたいことを分かっているのか。
篠森が覗き込んでくる。
「…………」
俺は何も言えなかった。
言い返せなかった。
「──ほら、コンビニ寄ろ?」
久しぶりに篠森が笑っているのを見た気がする。そして、俺は素直に頷いていた。
「……ごめん、篠森」
謝罪の言葉を吐き出した瞬間に、後悔がより大きくなっていくのを感じる。
「何が?」
「……あの時、お前にあんな態度を、取った」
あの時のことを思い出して、篠森の顔を思い出して心が痛んでいく。
「大丈夫。気にしないで」
そんなことを言われたって、困るんだよ。
「ちゃんと、私にも頼ってよ」
彼女はそう言った。
微笑んだのが見える。
「──極力、そうする」
俺も何だか、肩の力が抜けて頬が緩んで行くのを感じた。
「あれ、ちょ……甲斐谷?」
俺が歩いて行く方向を不思議に思ったのか篠森に呼び止められる。
「ん?」
「どこ行くの?」
俺は篠森の方に振り返って答える。
「コンビニ、行くんだろ?」
僅か前を歩いていた篠森と、今度は二人で並んで歩く。
「こっちにコンビニあるんだ」
「知らなかったか?」
「全然通らないし」
なら、どこを目指して歩いていたのかと思って笑いが漏れた。
「どうしたの?」
「いや……お前はどこに向かってたんだって思ってな」
「別に、特には」
「そっか」
まあ、そういう事もあるか。
俺だって似た様なことをした覚えがある。少し歩いてコンビニの看板が見えてくる。
「じゃあ、ちょっと待ってて」
俺はコンビニの中に入って行く篠森を見送って、スマホを見る。時間はまだ五時になってない。思ったよりも時間は経ってないらしい。
「……ヒリヒリすんな」
最中は気になっていたなかった拳の痛みが明確になってくる。
「倉世、どうしたかな……」
篠森に止められて、あの場所から去ったが大丈夫だったろうか。
「…………」
流石に大丈夫だろう。
俺は薄暗くなりつつある空を見上げて息を漏らした。
「お待たせ」
後ろから声をかけられた。
「ん、おう」
「ほら、アイスあげる」
彼女が買ったのはパッキンアイスらしく、半分に分けた片方を俺に差し出してくる。
「これ、何味?」
「コーヒー」
頭の小さなキャップ部分を外して俺と篠森がほぼ同時に食べ始める。
「全然出てこないね」
「……だな」
篠森が口から離したのを見て、俺も口からアイスを離す。
「帰ろっか」
「……送ってく」
さっきの倉世の事もあって、俺は自然と篠森にそう言っていた。
「じゃ、よろしく?」
彼女がそう言って、コンビニから歩き始める。俺はその隣を歩いていく。
「……なあ、何でスマホ見てんだ?」
「この辺り来たことないから」
篠森はスマホのマップ機能を使って自分の家までの道を探しているらしい。俺も篠森の家を知らない為、口を出す事はできない。
「ちゅぅーっ……」
どうにもアイスが溶け始めた様だ。篠森は度々、スマホを見て道を確かめながら、アイスを食べ始めた。
何とか彼女の家の前に着いた頃には俺のアイスも空になっていて「ゴミは私が捨てとくから」と、俺の分のゴミを持って家の扉を開いた。
「じゃ、また明日」
「また、明日な……篠森」
篠森が家の中に入るのを見送って、俺も自宅に向かって歩き始める。




