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第21話 感情爆発

 

 放課後になって、下校の時。

 結局、倉世を見ていればアイツは来ると思っていた。見たくもないが、そうなる物だと考えていた。

 だが、来なかった。

 そして倉世は三谷光正を待たずにそのまま帰り始めた。俺は自然と倉世の背を追いかけて放課後の、夕方の道を歩く。

 声をかける事はない。

 

「何してんだ、俺」

 

 そもそもでどうしてと自分に問い続けるばかりだ。

 別に彼女を追った所で記憶喪失の原因は分からない。三谷光正はいないのだから、この行動に合理的な意味がない。

 

「…………」

 

 自分なりに理由を考えてみて、結局は執着の一種なんじゃないかと思った。随分とストーカーじみた行動原理だ。

 

「はは……」

 

 乾いた笑い、引き攣った笑み。自分でも分かる。これは気持ち悪い。

 そうやって自分を俯瞰して自嘲する。

 

「…………」

 

 声を潜めて、気配を殺して彼女の様子を見守る。誰かが倉世に話しかけて、倉世は困った様な顔をしている。話の流れが分からない。俺は少しでも聴こえる様にと、二人に近づいた。

 

「……誰だ?」

 

 グレーのスウェットを着た小太りの男。年齢は三十代から四十代、正確ではない。時間的にまだ仕事をしている人が殆どだろう。

 

「サラリーマン……じゃないよな」

 

 だと言うのに、スウェットでこの時間に出歩くと言うのは不自然だ。就業者ではないのかと思いながらも距離を縮める。

 

「何話してんだ」

 

 怪しまれると言う心配はあった。

 倉世にストーカーしてると思われる可能性もあった。好奇心と言うのがあったか、倉世を心配したか。

 

「……だ……、こっち……い!」

 

 叫ぶ様な声が聞こえた。

 倉世が手首を掴まれて引き摺られる。路地の中に入り込んで行くのが見えて、俺はこっそりと追いかける。

 何をしようとしているのか。

 バクバクと心臓が鳴り響くのがわかる。

 

「フー……フー……」

 

 それは不安からだったのか。

 倉世が襲われてしまうかもしれないとそう感じたからだろうか。

 声はより一層、響いて聞こえてくる。

 

「ンんーっ……!」

 

 倉世の口が押さえつけられているのか、くぐもった声が響く。まだ、分からないと。まだ、早いと。そう思って俺は聞き耳を立てる。

 

「暴れるな……!」

「うっ……ゔ……はっ」

 

 ああ、少しだけ俺は救われた様な気がした。隠れるのをやめて男の背後二〇メートルくらいかに立つ。興奮している奴は気づいていない。

 

「ほら……」

 

 俺から顔が見えない。

 恐らく笑ってるんじゃないか。ズボンに手をかけている。俺からも尻が見える。肉のついた尻。前から見れば股間が露出しているんだろう。

 倉世を地面に押さえつける様な体制だ。倉世がバタバタと足を暴れさせている。スカートがたくし上げられ、男の手がその中に伸びる。

 俺はゆっくりと男に近づいた。

 

「…………」

 

 心臓が鳴っている。

 激しく、早く鳴っている。不安があった。不安だった。ただ、それを超えるほどに俺は感じてしまったのだ。

 

「はは」

 

 ここにストレスの捌け口があると。

 

「────ハッ……!」

 

 俺は問答無用で男の側頭部を右の拳で殴り飛ばす。蹌踉めくのが見て取れた。

 

「な、んだよ……」

 

 苛立ち混じりの声を出しながら振り向こうとした男の横っ腹を右足で蹴り抜く。鈍い感触が足先に伝わってくる。男は痛みに悶えている。

 足に走る熱さが、ジンジンと走る痺れがヤケに心地よく感じる。

 笑いが漏れた。

 

「…………く、は」

 

 倉世を押さえつけていた腕が退いた。

 

「あ……ひ、ヒッ。な、何でだよ! いつもの奴が居ないって……」

 

 助けられた。

 それで良かった。

 それで話が終わる。

 

 ……いや、そんな訳がない。

 

 だってコイツはサンドバッグだ。殴っても文句は言われない。倉世はコイツに襲われる所だった。なら、俺のすることは誰かを助ける行いだ。

 

「ハハ、ハハハ!」

 

 尻餅をついたまま後退りする彼に馬乗りになって、顔面を殴り付ける。

 

「ねえ、分かりますかね」

 

 俺の問いに彼は答えない。

 

「自分の大事な人が奪われるってのが、どんだけ辛いか。考えたことあります?」

 

 この問いに彼は答えない。

 俺も別に答えを求めてない。

 

「い、居るなら……居るっへぇ!」

「フッ……!!」


 拳が血で染まっていく。


「が……ふっ」


 俺の血か、こいつの血か。どっちか分からない。そして、そんな事はどうでも良かった。俺と彼では俺の方が力が上だった。だから、こんなにも簡単に俺が優位に立てる。


「あ、ハハ」


 男の力にかまけて、女を襲っていただけの奴が一〇代後半の運動をしている男に勝てるはずがない。俺が特別に優れてる訳ではない。

 

「なあ、分かるかよ! なあって!」

 

 答えなんて求めてもないくせに、俺は聞いては殴ってを繰り返す。気持ち良くなっていた。今までのストレスをぶつけられる相手が降って湧いた。爆発するには充分だった。

 何度も繰り返して、遂に俺を止めに入る声があった。

 

「──甲斐谷っ!」

 

 羽交締めにされた。背に温もりを感じた。誰かが俺を止めた。声が誰なのかを数秒かけて、漸く理解できた。

 

「もう、止めて……!」

 

 止めたのは篠森だった。


「……」


 俺は血で染まった拳を下ろして、無言で立ち上がった。顔面血だらけの男が倒れていた。

 

「…………ハハ」

 

 何となく、こんなにも人を傷つけておきながら俺はスッキリとしていた。

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