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第120話 関係深度

 珍しく、倉世が放課後に教室に残っている。そう言えば、授業時間の合間に水戸部が話しかけに行っていたか。

 

「…………」

 

 俺は自分の席に着いたままでいる。

 少しして、水戸部が倉世に話しかけに行った。

 篠森のいる距離ならば、水戸部と倉世が何を話しているかは分かっただろう。俺からは水戸部が手を合わせた所だけ明確に。

 その動きから水戸部が倉世に話しかけた理由が推測できた。

 

「……的の話か」

 

 昨日、俺と篠森が倉世なら絵を描けると水戸部に伝えたからか。早速、水戸部は倉世にお願いをしに行ったのだろう。

 水戸部が近づいてくる。

 

「どうなったんだ?」

 

 俺が聞くと「とりあえずオーケーは貰えた」と、水戸部は右手の人差し指と親指の先をくっつけ輪っかを作る。

 

「あとはちょっと参考に何か描いてもらおうって思ったところ」

 

 俺と篠森が言ったからというだけでは、水戸部も判断できないのだろう。俺がチラリと一瞬だけ倉世の方へ視線をやれば、不機嫌そうな顔が向いていた。


「そうだ、こっちも一個良い?」

「ん、ああ」


 俺は水戸部の方に目を戻し、返事をする。

 

「倉世とは、仲直りできそう?」

 

 目を一瞬だけだが、倉世の方に向けたのは水戸部にも分かったのか。

 

「どうだろうな」

 

 仲直り、と言えるのか。

 倉世の記憶を取り戻すとなれば、それは仲直りと言うよりも元通りと言ったところだ。

 

「今がチャンスかもよ」

 

 水戸部の目線は倉世の方へ向いた。

 

「学園祭準備とかで仲良くなるってあるみたいだし」

 

 学園祭に向けて俺は先輩と篠森と一緒に既に動き出している。

 俺が「分かってる」と答えると、水戸部はふと笑う。

 

「で、甲斐谷くん」

「ん?」

「今日はどうする?」

「……仕事があれば言ってくれ」

 

 俺の意思はそこまで関係ない。

 別に絵を描くと言うだけなら必要もないと思うが、まだ他に何かがあるかもしれない。

 水戸部からの頼みならば、その通りに。

 

「そうだね〜……じゃあ、一緒に紙取りに行こ。甲斐谷くんと話してみたい事あるし」

 

 俺が立ち上がったのを確認して、水戸部は扉に向かう。教室には篠森と倉世が残される。

 

「話したい事ってのは……」

 

 俺には特に分からない。

 何が水戸部にとって気になっているのか。

 

「あのさ……二年生なって直ぐに甲斐谷くんって自宅謹慎なったじゃん」

 

 事実を否定するつもりはない。

 俺が「そうだな」と頷く。

 

「夏休み始まる前に先生に怒られてたりしたしさ」

 

 水戸部が「問題児ってのは、こういうの言うんだ〜……って思ってたんだよね」と包み隠す事なく語る。

 

「でもさ、準備とか色々手伝ってくれてるし。別に甲斐谷くんって不良って感じでもないしさ」

 

 俺に目を合わせてきて。

 

「だから気になるんだけど……倉世と何があったの?」

 

 どうにも水戸部は俺が倉世を殴った事に何かしらの事情があると考えたらしい。

 

「……それは」

 

 言葉に詰まった。

 何となく、不安を覚えた。

 

「まあ、答えにくいなら無理にとも言わないから」

 

 気がつけば、空き教室の前に着いていた。俺が扉を開く。

 

「それに、ほら……まあ、プライベートな所だし。私と甲斐谷くんの距離感って奴?」 

 

 水戸部が先に空き教室の中に入っていき、今までに買ってきた物が纏まっている所に近づく。

 

「はい、紙ね。よろしく甲斐谷くん」

「おう」

 

 俺が紙を受け取ると「よし、戻ろっか」と水戸部が言う。

 

「……悪いな、水戸部」

 

 俺が話せなかった事の謝罪を述べると、水戸部は「ん? ああ、大丈夫だって。寧ろ……私の方が謝る方かもね」と申し訳なさそうな顔になる。

 

「どうして」

「さっきも言ったけど、さ……プライベートだしね。踏み込まれたくない所もあるでしょ? さっきのは私の野次馬根性みたいなやつだから。それで」

 

 そう言いながら教室の扉を開き、水戸部は「ごめん。お待たせ、倉世」と倉世の席の方へと近づく。

 俺も紙を持っている以上、これを倉世に渡さなければならない。

 

「倉世。机の上に紙広げて良いか?」

 

 少しの緊張が走る。

 数秒してから「別に」と素っ気ない返事が聞こえて、ようやく紙を広げる。

 

「……それで、何描けば良い?」

 

 倉世がシャーペンを取り出しながら水戸部に振ると「ん〜……子供が好きそうな奴が良いかな」と考え込む。

 

「なら、ユキネコとかどう?」

 

 篠森が話に入ってきて提案すると「倉世、描ける?」と水戸部が確認する。

 

「私も好きだから」

 

 早速、倉世は右手に持つシャーペンを紙の上で走らせる。矢張りと言うのか。絵を描く能力は失われていない。

 

「どう、かな」

 

 一先ずは描き終わったのか。

 倉世が水戸部に目を向ける。

 

「おお、これは……流石だね」


 水戸部の目は完成したユキネコの絵に向いている。


「あのさ、改めてだけど。絵は倉世にお願いしていい?」

 

 水戸部もその能力に納得したのだろう。

 

「分かった」

「よろしくね、倉世」

 

 俺が水戸部に「なあ、水戸部」と呼びかける。


「今日はもう、他にやる事ないか?」

「そうだね」


 水戸部が少し考えてから「色々やりたい所ではあるんだけど」と言い、困った様な顔をする。

 

「本格的に的作るにも、一旦デモプレイしてからの方が良いかな、ってさ」

 

 もう少し人数を集めての方が良いだろうとなり、今日は解散になる。それが分かると倉世は直ぐに教室を出て行ってしまう。

 

「いつも早いよね〜……」

 

 倉世が出て行ったのを見てから、水戸部が呟く。


「絵の事、授業の合間に頼んどいて良かった」

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