第118話 フルネーム
買い出しを終え、学校に戻り三人で職員室に向かう。
「ん、それじゃ。甲斐谷くん、篠森……今日もありがとね、お疲れ。お先にね」
先生に予算を返し、買い出しで買ってきた物を空き教室に置いて、クラス教室に戻ると水戸部が言う。帰りの荷物は既にまとめていたのか、直ぐに教室から出て行ってしまう。
俺と篠森もぼちぼちと。
「帰ろ」
俺の準備が終わるのを待っていたのか。篠森に誘われて教室を出る。
階段の手前で水戸部が立ち止まっている。誰かと話しているらしい。
相手というのが。
「……金谷先輩か」
ただ、話もそこまで長くは無かったのか水戸部は直ぐに階段を降りて行く。
「お疲れ様です」
先輩に声をかける。
「ん、あ……二人とも。お疲れ〜。今さっき明楽ちゃんに聞いたよ」
「明楽……?」
名前がピンと来ない。隣から篠森が「水戸部の事」と教えてくれる。
「そ、水戸部ちゃん、水戸部明楽ね。優希くん……同じクラスなのに覚えてないの?」
確かにクラスメイトの名前を覚えていないのは色々とまずい気はするが元々、水戸部とはそこまで関わりがあったわけではない。
それに今の所は水戸部と問題なくコミュニケーションは取れている……筈だ。
「それは、その……」
俺は先輩の問いに対して言い淀んでしまう。
「ほら、覚えといてあげなよ。明楽ちゃんって。同じクラスなんだし」
「……ですね」
水戸部。水戸部明楽、覚えておこう。
覚えたからと言って呼び方を変える事はしないが。
「ああ、それで。買い出し行ってきたんでしょ?」
それから進捗も聞いたんだ、と先輩は少し上の辺りを見つめながら言う。
「そろそろ色々動き出せるってさ」
というのは的を作ったり、デモプレイをしてみたりと言ったあたりだろうか。
「いや〜、楽しみだね。お化け屋敷とか、射的とか……二日目ってなら、一日目は色々遊ぼっかな」
先輩は右手を銃の形にして「こう、バン……ってね」と人差し指を上に向くよう動かし撃つ仕草をする。
「時間あったらだけど」
金谷先輩も当日の忙しさに関してはまだしっかりと分かってないらしい。
「あの、金谷さんは?」
篠森の言葉に俺も、そういえばと思った。先輩は今週から補講もなく、既に帰っていてもおかしくない時間な訳だが。
「ああ、ちょっとね。学園祭関連の奴で。まあ、今日のは割とすぐ終わったんだけどね」
俺が「学園祭、ですか?」と確かめる為に口にすると「そんな大したもんでもなくてさ。ちょっとした確認だよ、確認」と先輩は答える。
「で、二人とも今帰りでしょ? 実行委員の明楽ちゃん帰ったみたいだし……もう、する事ないでしょ?」
先輩がそう言って上に続く階段の一段目に足を乗せる。
「なら一緒に帰ろうぜ」
タンタン、と軽快な足取りで階段を進み。
「じゃ、荷物取ってくるから」
先輩は一度振り返り、そう告げてから上の階に向かう。
「玄関で待ってるか」
「そうだね」
俺と篠森は先輩とは逆に階段を下りていく。靴を履き替え、外に出る。
「先輩にメッセージ入れとくか」
俺はスマホを取り出し『玄関で待ってます』と先輩に送信する。先輩からは見慣れたサムズアップスタンプが送られてくる。
「…………」
ポケットにスマホをしまいこもうとして、再度スマホが震える。先輩から『後二分くらい』との事だ。
俺がスマホを見てから篠森に「金谷先輩、もう少しで来るってよ」と伝える。
「うん」
今度こそズボンのポケットに入れ、俺は玄関入り口へと身体を向ける。三年の下駄箱がある方を見ると金谷先輩と思しき人が靴を履き替えているのが見え、二十秒ほどして扉が開く。
「お待たせ!」
さ、帰ろうぜ。
先輩が言う。
「……はい」
数歩先に居る先輩をゆっくりと追いかける様に歩き出す。
「そう言えば、先輩」
「ん?」
「先輩以外の人は、もう帰ったんですか?」
俺の質問に「そうだよ〜、戸締りはわたしがやるからって。まあ、その後ちょっと一人で遊んでたんだけどね」と先輩が答え、ハッと笑う。
「その確認って、いつ終わったんですか……?」
篠森の質問に金谷先輩は少し考えるような顔をしてから、さっとスマホを取り出した。
「多分二〇分くらい前?」
もうちょっとだったかな〜、と先輩は首を傾げながら。
「流石にそろそろ帰ろって思って、さっき生徒会室出たんだよね」
それで職員室に鍵を返しに行った所に水戸部と会ったのだと。
「あの、その確認ってのは水戸部は居なくて良かったんですか?」
俺が少し不思議に思い、先輩に尋ねる。
「ん? ああ、今日のはね。集まったの生徒会だけだからさ」
もしかしたら聞くまでも無かったのかもしれない。考えてみれば、問題は無いんだろう事は分かったのだから。何かあれば水戸部にも連絡があっただろうし。
「そうなんですか」
俺が呟けば先輩は「そうなんですよ」と笑いながら言う。
「ただ、わたしも生徒会だけで学園祭の事、何話すんだって若干感じてるんだけどね」
俺はその場を知らないが、実際どうだったのだろうか。上手く進んだのか、どうか。
「まあ、そんな話は置いといて」
先輩は軽い足取りでスキップ気味に。
「ヤッタ〜! 昨日からだけど! 補講、暫く休みだ〜!」
開放的な気分になったのか。
先輩が両手を上げて、いつもより大きめの声で言う。




