第113話 追い越して行く
今週は学園祭準備の手伝いは無いという事でホームルームが終わると、水戸部に確認しに行く事もなく教室の扉に向かう。
教室を出る直前一瞬、水戸部と目があって俺が会釈すると、水戸部は笑みを浮かべて小さく手を振ってくる。
廊下に出れば、篠森が待っていた。
「ん」
廊下を歩きながら俺は話を切り出す。
「篠森も聞いたのか?」
俺が朝に水戸部に言われた様に。
「学園祭準備の事」
篠森に確かめれば首をゆっくりと縦に振る。
「うん……今週はもう大丈夫だって」
篠森も水戸部に言われたらしい。
話を聞けば水戸部に一度、尋ねに行ったのだと。そこで水戸部から今週の事については伝えられたとの事だ。
「そうか。聞いたなら良いんだ」
そんな話をしていれば階段に差し掛かり。
「あれ、二人とも今帰り?」
下りようとした所で先輩と出くわした。先輩は今から補講なのだろう。
「そうですね」
先輩の手にはノートや筆箱、教科書類が乗っている。俺の目がそこに向いたのが分かったのか先輩が「いやん、優希くんのえっち」と手に持っている物を胸に抱え込み、態とらしく腰をくねらせる。
「俺が見たのは教科書とかです」
「分かってるって」
先輩は元の姿勢に戻る。
「……あの、金谷さん」
篠森の声に朝に話した事を思い出す。
「どしたの、楓ちゃん?」
篠森の声に先輩はコテンと首を傾げる。
「その、行きたい所が決まったので」
篠森が口にした瞬間に。
「あ、決まったんだ! うんうん、それでそれで?」
金谷先輩が食いつき、篠森の方にズイと近づく。篠森はおずおずと先輩に対して答え始める。
「あの、最近ケーキ屋が出来たらしくて……」
「おお、ケーキ屋!」
反応は大方、朝に俺の予想した通りで先輩は楽しそうに頬を緩める。
ただ少し、大きすぎる気がしないでも無いが。
「大丈夫、ですか?」
「大丈夫だよ! って言うか、良いね! 最高!」
金谷先輩がうんうんと頷いていたかと思えば、俺の方にも顔を向けて。
「ケーキ屋で決定ね! 優希くんもそうでしょ?」
確認を取って来る。当然、俺も聞いていた話で「はい」と答えるのは決まっていた。
「俺たちの方はそれで決定してましたし」
それで、行き先が決定した所で、だ。
「それで、先輩」
「うん?」
次に考えるのは。
「いつにします?」
あ、そうだった。
それもあった。
金谷先輩がそう言いたげな顔を見せてから、何かに思い当たったのか。また表情を変えて、俺に「あれ、優希くん。今、何時?」と尋ねてきた。俺はスマホを取り出し、電源を入れ先輩に画面を見せる。
「ん〜!」
申し訳ない、そんな感情の滲む様な顔をして金谷先輩が唸る。
「本当にごめん! もう補講始まるから! 日にちについてはまた後ね!」
先輩が「本当ごめんね〜!」と謝罪の言葉を大きめに言って、廊下を走っていってしまう。
「行っちまったな」
「そうだね」
とは言え、先輩の補講は俺たちにはどうにもできないのだから仕方ない。追いかけて話を長引かせると言うのも、どうだか。
この話はまた後にしよう。
例えば明日学校で会う時か、それか今日帰った後で改めてメッセージを送信か。
「俺たちは帰るか」
先輩も行ってしまったし、待っていなければならないという訳でもない。止めていた足を進め、階段を下りる。
「…………」
下駄箱には倉世の上履きはない。まだ学校に残っているらしい。
「どうしたの?」
篠森が俺の顔を見上げながら聞いてくる。
「ん……いや、倉世まだ帰ってないんだなって」
篠森も気がついたらしく「本当だ」と口にする。
「この前、買い出しに行った時もだったけどな」
今、思い出したのだが、あの時も確かに倉世は学校に残っていたのだ。
「どうするの……?」
それは倉世が何をしているか探るかどうかを聞いているのだろう。
そんな篠森の問いに「俺は、別に。ただちょっと気になっただけだ」と。
今の俺が、無理矢理に倉世を探し出す理由は乏しい。
「そっか」
篠森は靴を取りながら言う。
「そう言う事だ」
俺も下駄箱から下履きを取り出し、さっきまで履いていた上履きを戻す。
「あれ、二人ともまだ帰ってなかったの?」
背後から声が聞こえた。
色々と時間が掛かっていたのか。
今のやり取りにも、その前の先輩とのやり取りにも。先に教室を出た俺たちに水戸部が追いついた。
「ん、ちょっとな。先輩と話しててな……」
先輩の補講が始まるまでの少しの時間。
それで、水戸部は追いついた理由については納得したのか。
「先輩?」
俺が先輩と言ったことで疑問符が浮かんでそうな顔をしたが、直ぐに分かったと言う様な表情になってから「先輩ってのはこの前、段ボール持ってきてくれた時に言ってた……知り合いの?」と質問をしてきた。
「その先輩で合ってる」
「やっぱり」
俺が答えれば、それで疑問が完全に解消されて満足したのか。水戸部は「あ、二人とも。お先に失礼、追い越させてもらうね」と下駄箱から靴を取り出し、さっさと履き替えて行ってしまう。
俺たちも取り敢えず靴を替えて、玄関に出る。ゆっくりと歩き始める。




