第108話 依頼
授業が終わり、俺は教科書を片付ける。次の授業の確認をしながら準備をしようとしていると。
「甲斐谷くん」
水戸部に声を掛けられた。
俺は次の授業の準備をしていた手を止め、顔を上げる。
「水戸部、どうした?」
「あー……ちょっとね」
俺が反応すると、机の正面を塞ぐ様に立っている水戸部が「話があるんだけど、いい?」と。
「ん……?」
俺が続きを促せば水戸部が「まず、最初に……今日って放課後に時間あるかな?」と聞いてくる。
「おう」
頷きながら考える。
水戸部が俺に話しかけてくる事となれば、学園祭に関わる事だろう。
「一応、友達にも聞いたんだけど部活あるからって断られちゃって」
眉を八の字にしながらも、水戸部の口元は微妙に弧を描いていた。
「それで、今日は何を?」
俺が尋ねれば。
「あー……時間あっても嫌だったら断っても良いから。今回の結構、面倒だからさ」
水戸部は一言、注意の様に告げてから話し出す。
「えーと……ほら。取り敢えず、甲斐谷くんのお陰で段ボールとか材料は一応揃ったから。今度は的作るのにカッターとかガムテープが欲しくて」
買い出しに人員が必要と言う事らしい。
「ん? 何だ。それなら別に俺だけでも……」
ガムテープとカッター程度なら何人も必要な買い物ではないだろうと考えて、俺が言うと水戸部が肩をすくめ、首を横に振る。
「買い出しはクラスの予算内でしなきゃいけないし、基本的には一人で行くなってね。お金が関わってくるってのもあるし」
そう言うルールがあるらしい。
それは学園祭実行委員と生徒会で決めたのか。何であれ水戸部がこの決まりを遵守する以上、俺もというか全員が従うのが当然だ。
「まあ、そう言うわけで。ただ、買い出し終わったら全員学校に戻ってこなきゃなんだけど……」
水戸部は「本当に大丈夫?」と確認してくる。
「大丈夫、それにどうせ買わなきゃいけないだろ」
「そうだね」
必ず使う事になるのだから。
今日買わなかったところで、どの道買いに行かなければならないのだ。
「じゃ、放課後よろしくね」
「ああ」
それで会話は終わりだと思ったが、水戸部は自分の席に戻る気配がない。俺は水戸部の方を見て「どうした?」と聞く。
「そう言えば……朝、段ボール置きに行っただけなのに戻ってくるの遅かったな、と」
そんな疑問。
思えば、確かに遅かったか。
ただ、大した事でもない。
理由としては金谷先輩と話していた、と言う程度だ。
「それに倉世が戻ってきた後だったし、また倉世と何かあった?」
「また……」
傍目に見ればそう見えるか。
俺はただ倉世とばったり出くわしただけで、今日はこれと言った問題になる様な事はした覚えはない。
「ほら、夏休み前に廊下に立たされてたし」
そんな事もあったか。
確か、俺が廊下に立たされたのは化学の授業の時だった気がする。具体的な日付は思い出せないが。
「いや別に。特には何ともない」
嘘ではない。
倉世とは何もなかった。
「そう……?」
いつも通り。
四月からのいつも通り。何の変化もなく、倉世に嫌われたままなのだから。
「ああ」
俺は頷き「それに遅くなったのは倉世とは関係なくて。別の理由でだ」と続ける。
「別の?」
「ちょっと、知り合いの先輩に会ってさ」
俺が言えば水戸部は首を傾げる。
「あれ、甲斐谷くんって三年生の知り合い居たんだ?」
俺は帰宅部で三年生とはほとんど接点がないからか。水戸部が僅かに驚いた様な顔をする。
「まあ、ちょっと……色々世話になっててな」
金谷先輩と知り合った経緯がどんな物かは説明しなくとも良いだろう。水戸部だってそこまで気にしてる訳でもないだろうし。
「成る程ね。それって男子、女子?」
「……気になるか?」
俺が問い返せば水戸部は「聞いてみただけだって」と言う。
「言いたくない?」
金谷先輩の性別を答える程度、問題ない。俺は横に首を振る。
「いや、別に」
俺が、女子の先輩だと答えれば水戸部は「そうなんだ」と。本当に聞いただけと言う程度の反応だ。
「まあ、その人と学園祭の話してたんだ。戻ってきたのが遅かったのはそれでだ」
「あー……そう言う事」
水戸部が時計を見上げ「あ、時間取っちゃってごめん。また放課後ね!」とワタワタと動き出し、次の授業の準備を始める。俺も途中だった準備を終わらせようと手を動かし、一度時計を見上げようとして。
「…………?」
一瞬、篠森と目があった様な気がした。とは言え、教室。倉世も居る空間。それは確認のしようもない。今から授業も始まる。
「聞こえてたか?」
水戸部との会話が、篠森にも。
ただ、ここと篠森との距離では会話の内容を理解するのは難しいだろう。俺だって篠森と倉世の会話は聞き取れていないのだから。
「…………」
一先ず、授業に集中しよう。
準備を終えて先生が入ってくるのを待つ。
「篠森に伝えないとな」
今日は水戸部と学園祭の買い出しに行くと言う事を。などと考えていれば、教室の扉が開き先生が入ってきて、教壇に上がる。
俺はノートを開き、左上に日付を書き込む。




