第107話 不可抗力
ビニール紐で縛った段ボールの束を一度邪魔にならない位置に置いてから、靴を履き替える。
「……っと」
段ボールを回収して廊下へと抜け、階段を上り教室に向かう。
まずはこの段ボールを何処に置いておくか確認したい。
「水戸部は……」
居るだろうか。
俺は教室を見回して水戸部の姿を探す。
「居るな」
窓辺で友達と話しているのが見えた。
段ボールを抱えた俺が教室に入ってきたのが水戸部からも見えたのか。友人との会話を申し訳なさそうな顔をして打ち切って、こちらに近づいてくる。
「おはよ、甲斐谷くん」
「ああ、おはよう」
扉を塞いでは迷惑だろう、と俺が廊下に戻ると水戸部も教室から出てくる。
「そうだ」
水戸部の目は俺の脇に抱えている段ボールに移る。
「段ボール、早速持ってきてくれたんだ」
そりゃ頼まれたからな、と俺が言えば「本当に持ってきてくれるとは……いや、ありがとね。本当に助かるよ」なんて。水戸部も予想外だったのかもしれない。
「一先ず、それはあの教室に置いといて大丈夫だと思うから」
あの教室、と言うと。
「射的台とか置いてる……」
俺が確認の為に、そう口にすると水戸部が数回首を縦に振る。
「そうそう、この前の」
「分かった。じゃ、一緒のとこに置いておく。それで良いんだろ?」
「うん、よろしく」
水戸部が教室の中に戻って行く。
鞄は……持ってくか。そっちの方が早い。
段ボールを置くために、水戸部に言われた通りに空き教室に向かっていると。
「────お、優希くん」
道中で呼びかけられて、俺は「おはようございます、金谷先輩」といつも通りに返す。
「おはよ〜。朝からお仕事かね? 大変ですなぁ。お疲れ様です」
これは労っているのだろうか。それはよく分からないが、先輩が俺の横に付いてくる。
「優希くん。気になったんだけど……その段ボール、何に使うの?」
段ボールを持っている事が気になったのか、先輩が聞いてくる。
「これですか? これは学園祭の出展で」
「……あれ、優希くんのクラスって射的だよね?」
父さんもそうだが、射的での段ボールの使用はピンと来ないのか。
俺は先輩の疑問に昨日、父さんに教えた時と同じ様に答えようとして「ああ、待って! 当てる! 当てるから!」とストップをかけられる。
「射的台……とか?」
「それはレンタルですね」
もう既に届いている。
「あれ、そうなんだ」
先輩も生徒会副会長と言えど、クラスの出し物とかを細かく把握しているわけでもないらしい。
「じゃあ、景品?」
「景品って……」
「段ボール貰っても困るか〜。あ、でも引っ越しの時とか便利じゃない?」
後は〜、と顎先に右手を添えて数秒ほど思案する顔を見せてから「そうだな〜……じゃあ、的かな」と先輩が呟く。
「正解です」
「お、やった……正解だ。それで賞品は?」
先輩が何かを強請るように両掌で皿を作り、俺に向けて差し出してくる。
「何もないですって」
そもそもクイズにするつもりも無かったのだから、賞品を用意している訳もない。
「分かってるって〜」
ケラケラ、冗談だと言う様に。
「へ〜……的、段ボールなんだね」
「点数制にして景品がどれくらい貰えるか決めるって感じです。今の所は」
「成る程〜」
そんな説明をしていれば空き教室の前に着いて、俺は扉を開く。どうしてか先輩もここまで付いてきている。
「おお、これが射的の……」
水戸部と一緒に運んだ射的台だけではなく、その後に運んだであろう銃もしっかりとまとめられている。射的台の入った箱には張り紙が貼られており、そこにはクラスと学園祭用と黒ペンで書かれている。
「わたしが知らないだけで準備とか色々進んでるんだね」
それは。
「どう、ですかね」
「うん?」
俺たちのクラスは今の所らしい動きはない。俺と水戸部で届いた射的台と銃を運び、俺が段ボールを持ってきたくらいだ。それ以上に進展はない。
「ま、何にしても……学園祭まであと三週間とちょっとか」
「…………」
三週間と少し、か。
「あ、そう言えば何処にするか決まった?」
先輩が突然に聞いてくる。
「はい……?」
俺は思わず問い返していた。
「ほら、週末の」
先輩に言われて、ようやく聞かれている事に気がつく。
「ああ……それが、まだ」
決まってないです、とまでは言わずとも先輩には伝わったらしい。
「ん〜、そっか」
まだ時間あるから大丈夫だからね、と先輩は笑う。
「そろそろホームルームの時間じゃない? 優希くん。今日もお互い頑張ろうぜ」
そう言って歯を見せて笑う。
「そうですね」
俺が返答すると、金谷先輩は先に教室を出て行ってしまった。
「ここで良いよな……?」
俺も段ボールを射的台の近くに置き、教室に戻ろうと扉を開ける。
「……倉世」
そういえば教室には居なかったか。
偶然にも倉世と出くわしてしまった。これは避けようがなかった。
倉世は俺の顔を見るなり、表情を歪めて直ぐに目を逸らした。
「おはよう」
「…………」
分かってはいたが、倉世からは何の反応もない。俺は大きく息を吐き出す。それからゆっくりと、倉世と充分な距離を取って廊下を歩く。
「…………」
教室に入り、自分の席につく。
壁時計を見上げた。時刻はホームルーム開始の数分前を指している。




